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【番外編・優乃視点】春のひととき、あなたと(前編)

私、春川優乃は、本日の看護師の仕事を終えた。


「お疲れ様でした~」


うきうきしながら、整形外科のナースステーションをあとにする。夜勤が終わると、病棟に差し込む光がいつも以上に明るく感じられる。


今日は、帰ったら、何をしようかな。


「うわっ……!」


後ろから、聞き覚えのある声が聞こえて、振り向く。担当患者の不知火篝さんが、松葉杖を段差に引っかけて、よろめいていた。


「し、不知火さん……!」


慌てて、不知火さんに駆け寄る。不知火さんは、間一髪のところで、壁際にあった手すりを握り締めた。よかった。


「はあ……危なかった……」


不知火さんも、ほっとしている。大丈夫そう。


でも、このまま、声をかけずに帰るのも、なんだか心配。ここは、看護師らしく、笑顔で接してみよう。


「大丈夫ですか?」


声をかけると、不知火さんが、またびっくりする。あれ。私のこと、見えてなかったのかな。


「は、春川さん……! どうして……」


明らかに動揺してる。悪いことしちゃったかな。でも、気になっちゃったんだよね。これは、職業病だな。


「ナースステーションから、ちょうど見えたので……」


「そ、そうでしたか。すみません……お騒がせして」


不知火さんが、ぺこりと頭を下げる。


不知火さんは、背が高くて、体格もがっしりしてる。だから、私が組織のボスを従えている感じになっちゃう。


「いいえ。怪我がなくて、何よりです」


こういう礼儀正しい患者さんって、接していると、安心する。だから、もっと、温かい言葉をかけたくなるんだよね。


「じゃあ、俺は、これで……」


不知火さんが、病室とは反対側に去ろうとする。どこに行くつもりなんだろう。


「え? どちらに……?」


思わず、聞いちゃった。別に、どこへ行こうと、不知火さんの勝手なのに。


不知火さんが、きょとんとしてる。


「散歩です。今日、日曜日で、人が少ないから、ちょうどいいかなって、思って……」


「どこまで?」


「いや。この病院、広いんで、ぐるっと回ってこようかなと……」


リハビリ、頑張ってるんだ。偉い。


でも、さっきのおぼつかない足元で行くつもりなのかな。絶対に、危ないよ。


「……だったら、私も行きます」


夜勤明けだから、時間は、たっぷりあるし。


こういうお休みも悪くない。


「いや。でも、夜勤明けでしょう? 申し訳ないですよ。時間外に仕事させるの……」


わあ。なんて、看護師思いの優しい人……!


感動して、涙が出てきそう。


「職員用の駐車場までです。それなら、いいでしょう?」


エレベーターで降りて、1階を歩いて、帰る。


このコースなら、不知火さんも、私も、負担が少ないはず。


「まあ……春川さんが、いいのなら……」


「じゃあ、行きましょうか」


「……はい」


不知火さんが、どことなく、ほっとしたような顔をする。私も嬉しい。


それから、私たちは、エレベーターを降りて、ゆっくりと1階の廊下を歩いていった。人通りは少ないけど、今日もコンビニは開いている。


「休みの日も、開いてるんですね」


「そうです。むしろ、開いてないと、困ります」


「そうですよね。皆さん、お仕事されてますもんね」


不知火さんが、感慨深そうに呟く。


そうか。私たちにとっては、当たり前だけど、一般の人は、こんな光景、見ることないもんね。


コンビニを横目に進んで行くと、今度は、院内案内図が見えてきた。不知火さんが、足を止める。


「この病院って、本当に広いですよね」


「何回も建て増しされてますからね」


私も就職したばかりの頃は、よく迷子になった。手術室、ICU、透析室に、リハビリ室……この病院は、地域医療の要だ。


しかも、まだ工事中。案内図にも、その旨が書かれていた。


「へえ~……これが、完成図ですか……」


不知火さんが、案内図の隣に貼ってあるイメージ図を見て、驚く。


来年には、また新しく病棟ができるらしい。コンビニと喫茶店コーナーが倍になってる。ありがたいな。


「病院とは思えないイメージ図ですけどね……」


「確かに。言われてみたら、そうですね」


不知火さんと顔を見合わせる。


だって、イメージ図に書かれている建物も、お客さんも、お洒落すぎるんだもん。本当に、こうなるのかな。


そんなことを考えていた時、不知火さんが、何かに気づいた。


「あっち側が、昔の病棟でしたっけ?」


不知火さんが、進行方向を指差す。


もともと人通りは少ないけど、さらにガランとしていて、寂しい空間が広がっていた。


「そうです。詳しいですね……」


1階は、今もお会計の場所として、使われてる。でも、確か、2階建てだったような……。


「昔、兄貴があっちの建物の2階に勤めてたって、言ってて……」


「不知火先生、ここに勤められてから、長いですものね」


不知火先生は、ここで働く整形外科医。不知火さんの6歳年上のお兄さんだ。兄弟で、そういう話って、するんだなあ。


「そうなんです……今は何になってるのか、自分で見てこいって言われてて……」


「へえ~……」


多分、不知火先生は、リハビリさせたかっただけだと思う。でも、気になって、ちゃんと見に来た不知火さんも、偉い。


「え? 何か秘密のものでもあるんですか?」


ないよ~……と言うのも、不知火先生に申し訳ない。う~ん……どうしようかな。

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