大切なのは
これで完結になります。
よろしくお願いします。
その後、実家に帰ったわたしたちを待っていたのは家族からの追及だった。だけど、誰も驚かなかった。
父は諸手を挙げて賛成ではないけれど、自分の娘には変わりがないと言った。そして、母は以前のように、自分でその選択に責任が取れるならいいと了承した。
仕掛けたアウグストとしては、家族がバラバラになるよりはこの形で収まるならいいという思いからだったらしい。
反対されなかったことに安堵したけれど、家族の形を変えてしまったことをわたしは後ろめたく思ってしまった。
そこで、わたしは母に自分の気持ちを話した。恋愛結婚だった両親が別れて父がわたしを置いて出て行ってしまったから、わたしは気持ちが変わることで家族の形が変わることが怖かったのだと。
すると、母はあの時のことを話してくれた。今のわたしなら理解できるだろうからと。
両親は貧しいながらも慎ましく生活をしていた。わたしも生まれ、幸せだったそうだ。だからこそ父は、わたしたちをもっと豊かにしようとよりきつい仕事についた。それが失敗だった。
気持ちに余裕がなくなった父は、母に当たるようになった。誰のために頑張っているのかと、喧嘩が絶えなくなった。
そうやって気持ちがすれ違ううちに、父はそんな自分が許せなかったことや、傷つけ合うことに疲れてしまったからと出て行った。母もこれ以上傷つけ合うよりはいいと、父を追わなかった。これが真相だった。
ひょっとしたら、父は出て行くときも、母とわたしを少なからず思っていてくれたのかもしれない。わたしたちを追い出さずに自分が出て行ったことから、わたしはそう感じた。
最後に母は言った。
「豊かさを求めることは悪いことではないけれど、私たちは間違えたのね。貧しいながらも気持ちに余裕がある生活をしていた時の方が幸せだった。結局、そんな生活でお互いに傷つけ合うようになって、相手を思う気持ちを忘れてしまった。あなたは間違えないで」
実感のこもった言葉にわたしは頷いた。
家族の形を変えるのは、その家族の思い。それが恋であれ、愛であれ、根底にあるのは相手を思いやる気持ちなのだ。
わたしがテオを大切に思う気持ちを忘れなければいい。そのことを胸にしっかりと刻んだ。
◇
それから両親はわたしがテオに嫁いでもいいように、わたしを一旦リュドガーの籍から抜いた。驚いたことに移された籍はダンさん、リーシャさんの籍。わたしは二人の義理の妹になっていた。
そこまでしてもらうのは申し訳ないと思っていたのだけど、これは大人の事情もあるらしい。
実はわたしがカフェで働くに際して、父はわたしがお世話になるからわたしの給金はこれで支払って欲しいと、こっそりとダンさんたちにお金を渡そうとしていたそうだ。だけど、ダンさんたちは受け取らなかった。わたしの給金を支払えないほど困窮はしていないからと。
そこで父は、それなら設備投資をさせて欲しいと申し出た。これに関してはダンさんたちの料理の腕や、カフェの立地条件、事業計画がしっかりしているからということで、ダンさんたちは説得されて受け入れた。
そういう恩返しも兼ねているし、困ったときはお互い様だとダンさんたちは笑っていた。
それから一月後、わたしはテオに嫁いだのだった。
◇
「いってらっしゃい」
「うん。クレアは今日は仕事休みだろう?」
「そうなの。ちょっと行きたいところがあって、お休みもらっちゃった」
結婚して半年ほど経った今、わたしとテオはお互いの職場にほど近いアパートメントに住んでいる。実家の両親は帰って来ればいいと言ってくれたけど、テオが嫌がったのだ。
確かにそれでは今までと変わらない。せっかく結婚したのだからと二人で暮らすことにした。
おかげでテオに翻弄されて気恥ずかしいながらも、楽しい日々を過ごしている。
「行きたいところって、実家?」
テオは怪訝な顔になった。わたしは笑顔で肯定する。
「ええ。ちょっと用事があってね」
「それなら僕も一緒に行くのに。休みの日じゃ駄目?」
「そうねえ……早い方がいいってリーシャさんに言われたから」
「早い方?」
ますますテオは怪訝な顔になる。ぬか喜びさせるのもと思ったけれど、テオには話しておくことにした。
内緒話をするように、テオの耳に顔を寄せる。
「まだはっきりとはしてないんだけどね。実はね、妊娠したかもしれないの」
「え!」
テオは目を見開いて固まってしまった。予想外の反応に不安になる。
「……嬉しくなかった?」
肩を落として尋ねるわたしに、テオはようやくはっと気づく。それからみるみるうちに笑顔になってわたしに抱きついた。
「本当に? 嘘みたいだ!」
「喜んでくれる?」
テオは体を離してわたしの顔を覗き込むと、笑顔のまま何度も頷く。
「当たり前だよ。もう少し二人でもいいかなって思っていたけど。でも何で実家?」
テオの疑問ももっともだ。わたしは苦笑しながら答える。
「それがね、一昨日カフェでつわりみたいな症状が出て、リーシャさんが大きな声で言っちゃったのよ。クレアちゃん、妊娠したんじゃないかって。それを聞きつけたお客様の一人がお父様に雇われた方だったの。それでお父様に話がいっちゃって、リュドガーのお抱え医師に診てもらうことになったってわけ。みんなが向こうで待ってるって手紙が来たのよ」
「それで何で僕だけ知らないんだ? 父親は僕なのに」
テオは不満げに漏らす。
「確実じゃないから、ぬか喜びさせるのもってわたしは黙っていようかと思ったんだけど……」
「……僕も行く」
「え」
「僕も行くよ。僕だって知りたい」
テオの目はすわっている。仲間はずれが余程嫌なのだろうか。わたしは苦笑しながら言う。
「駄目よ。仕事があるでしょう? 連絡も入れてないのに急に休んだら困る人がいるんじゃない? だから、わたしも向こうでテオが来るのを待ってる。いい報告になるかはわからないけれど」
テオは肩を落として恨めしそうにわたしを見る。
「そんなことを言われたら、そうするしかないじゃないか。クレアはずるいよ」
「テオのその言い方。子どもの頃と変わらないわね」
「またそうやって子ども扱いする」
そんなつもりはないのだけど。テオは未だに昔のことを言うと嫌がる。それも含めて今の関係があるというのに。
「子ども扱いはしてないわ。過去も含めて今のテオが好きよ」
「そう言われたら怒れないよ……わかった。仕事が終わればすぐに行くから待ってて」
「ええ。だけど、焦って事故に遭ったりはしないでね」
「ああ。じゃあ、早めに仕事を終わらせてくるよ。いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
テオは名残惜しそうに振り返っては手を振る。わたしもテオの姿が見えなくなるまで苦笑しながら振り返していた。
その後、リュドガー邸で妊娠がわかり、遅れて来たテオとともに皆でお祝いをしたのだった。
◇
人生とはままならないものだと思う。恋なんてしたくないと思っていたのに、いつのまにか恋に落ちていて、その相手が義理の弟で。
そして恋はいつのまにか愛に変わっていた。
きっとこれからもわたしの気持ちは変わっていくのだろう。家族の形が変わっていくように。
だけど、きっとテオも同じなのだ。
そして、愛とは育んでいくもの。相手とともに作り上げていくものなのかもしれない。
相手の気持ちは、同じ人間じゃないからわからないこともある。だからこうして話し合ったり喧嘩したりして、わかり合う努力をしたい。
根底にある、相手を大切に思う気持ちを忘れないように──。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




