恋愛の形
次で完結の予定です。
よろしくお願いします。
その後、名残惜しそうにテオは仕事に行き、女性は自分が出演する舞台の宣伝をして帰って行った。
後に残されたわたしたちは、すぐに開店準備に取り掛かる。それでも時々左手に光る指輪に、顔が緩みそうになるのを抑えられなかった。
◇
もうじき仕事が終わりそうという時に、カフェの扉が開き、振り返って笑顔になる。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
「ありがとう、クレア」
急いできたのか、テオの顔は紅潮している。席に着くなりテオは溜息をつく。わたしはテオの前に水を置きながら声をかけた。
「お疲れ様」
「ああ。本当に疲れたよ。今日はずっと質問責めだったんだ」
そう言いながら、テオは誇らしげに自分の左手をかざす。薬指には銀色のリングが光っている。
「それって……」
「もちろんクレアとお揃いだよ。クレアにはめてもらおうかと思ってたんだけど、別のことで頭がいっぱいで忘れてたんだ」
周囲の視線がテオの左手に集まる。テオ目当てのお客様だけでなく、ダンさん、リーシャさんまでもが興味津々に見ていた。
「……ねえ、テオ。この視線が気にならない?」
「うん? 別に?」
普段から見られ慣れているせいか、テオはどこ吹く風だ。見られているのはテオだから、わたしが気にすることではないかと溜息をついた。それなのにテオは更に、周囲を驚かせることを聞こえるように言う。
「僕としては見せびらかしたいんだけどね。ようやく婚約まで漕ぎ着けたんだから」
途端に空気がざわめいた。
「え、誰と?」
「ショックだわ」
「目の保養が……」
聞こえない振りでやり過ごそうとしたのに、テオはわたしの左手を掴んで持ち上げると、手の甲にキスをする。
「よろしくね、僕の奥さん」
「テオ……」
周囲から悲鳴が上がる中、テオはニヤリと笑った。慌てて周囲を見回すと、恨めしそうだったり、許せないというようなきつい視線が突き刺さって逃げ出したくなる。
それなのに、ダンさん、リーシャさんが更に煽る。
「おめでとう、二人とも」
「お似合いだわ」
「ありがとうございます。ね、クレア」
幸せは幸せなのだけど、なんとなく外堀から埋められて、逃げられなくされているような気がするのは、気のせいだろうか。
「ええ、ありがとうございます」
実はこれも芝居なのでは、と勘ぐってしまうわたしだった。
◇
仕事も終わり、テオと夕暮れの街を手を繋いで歩く。行き先は実家だ。馬車でもよかったのだけど、テオがデート気分で街を歩きたいと、こうして歩いて向かっている。
「だけど、突然わたしたち結婚しますって言ったら、みんなが驚くんじゃない?」
「別に驚かないんじゃないかな。僕の諦めの悪さはみんな知っているだろうし」
「それはわたしも知っていたけど……まさか、それがわたしに向くとは思ってもみなかったわ」
テオは外見からは想像できないほどの努力家だ。それはきっと、アウグストがいたからだろう。
年が離れていても、アウグストには負けたくないと話していたことがある。男兄弟だからなのかはわからないけれど。
「クレアのせいだよ」
「え、わたし?」
「いつも弟扱いして、僕を守ろうとするから。兄上のことは一人でも大丈夫だって信じてるくせに」
「だって、お兄様はわたしたちとは違って、何でも一人でやってのけるじゃない? わたしたち二人掛かりでも敵わないんだもの」
いつもそうだ。テオと二人で協力しても、アウグストの方が何をやっても早い。それで意地になって張り合う……のは、やっぱりわたしのせいだった。
「本当にわたしのせいだわ。わたしもお兄様に負けたくなくて、テオを巻き込んで張り合っていたものね」
「僕も楽しくて乗っかっていたからね。そのうちにクレアに認められたいって思うようになったから、兄上には負けたくなくて頑張ったんだ」
「わたしはずっとテオをすごいと思っていたわよ?」
そう言うとテオは微妙な顔になる。
「確かにそう言ってくれてはいたけど、何というか、大人が子どもにすごいね、というような感じだっただろう? それがまた悔しかったんだ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「男の人って難しいのね」
姉としてテオを褒めていたからそうなっていたのだとは思う。だけど、テオがそれを気にしていたとは思わなかった。話してみないとわからないものだ。
繋いだ手に力が込められ、テオを見上げるとテオは嬉しそうに笑う。
「やっと一人の男扱いしてくれるようになったんだ?」
「……それはそうでしょう。もう気持ちを隠す意味なんてないんだから。それに誰にも渡したくないって思っちゃったのよ。悔しいけど」
「悔しいって」
テオは苦笑している。だけど、これもわたしの本心だ。
「わたしは気持ちが色褪せてテオを失うくらいなら、姉弟として一生繋がっている方がいいって思ってたの」
そう言うと、夕日に照らされたテオの顔がみるみる赤みを帯びていく。これは夕日のせいだけじゃないのかもしれない。
「……僕はすっごく愛されているんだね」
「どうしたの、突然」
「いや、だって、それって簡単に言えば一生繋がっていたいってことじゃないか。心配しなくても離すつもりはないよ」
今度はわたしが真っ赤になる番だった。そこまで考えてなかったけど、確かにそうだ。
そう考えると、わたしはいつからテオを好きだったのかわからなくなる。自覚する前にはもう、一生繋がっていたいと思うほどにはテオを愛していたということだ。
「……わたしって馬鹿ね。全然気づかなかった」
「だけど、僕は嬉しいよ。意識せずに僕はクレアにとって大切な人間になっていたってことだから」
「テオは昔からずっと大切な人よ。これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく」
二人でそんな話をしながら歩く。姉弟のようで、恋人のようで。人の数だけ恋愛の形があるのなら、わたしたちの恋愛はこんな形でもいいのかもしれない。
まだ気持ちが色褪せるかもしれないという不安はあるものの、今はただ、この笑顔を守りたいと思うのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




