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共にある幸せ

 四人がけのテーブル席にわたし、テオ、向かいに女性、リーシャさん、そしてダンさんが別のテーブル席から椅子を持ってきてリーシャさんの隣に座る。


 それから女性が話してくれた。


「私は小劇場で役者をしていて、アウグスト様の奥様がよく見に来てくださってるの。それが縁でアウグスト様が私に出資してくださるようになったのよ。二日前かしら。弟妹が思い悩んでいるようだから協力して欲しいと言われて、芝居を打つことにしたの。騙してごめんなさいね」

「僕からもごめん。僕も兄上に乗っかったから……」


 テオが申し訳なさそうに頭を下げる。わたしの頭の中は飽和状態で、話の流れについていけない。


「クレアちゃん、大丈夫?」

「ええと、どこまでが本当なのかわからないんだけど……」


 これが芝居だったというなら、何が本当なのか。テオの気持ちも芝居だったのかと勘ぐりたくなる。今度はテオが順序だてて説明してくれた。


「……僕に縁談の話があったのは本当だよ。クレアに振られたと思った僕は、兄上に縁談を受けるとも言った。だけど、兄上は母上たちから話を聞いていたんだろうね。クレアの気持ちを確認してくるって三日前にクレアに会いに行ったんだ」

「ああ、それで……」


 それで納得した。あの日突然アウグストが訪ねてきたのはそういうことだったのだ。


「だけど、クレアは気持ちを認めながらも諦めようとしているから、余程のことがないと自分の気持ちを貫かないんじゃないかって、兄上が彼女に頼んで一芝居打つことにしたんだ。兄上もあれで僕らのことを心配しているんだよ」

「そう、なの……」


 なんだか気が抜けてしまった。アウグストには全てお見通しなのだろうか。掌で転がされているようで、思わず溜息が漏れた。


「だけど、何も職場に来なくても。ダンさん、リーシャさん、申し訳ありません。わたしの身内が……」


 そう言って頭を下げると、ダンさん、リーシャさんは顔を見合わせる。それから二人は気まずそうな顔でわたしを見て、ダンさんが口を開いた。


「いや、実はリュドガー男爵家とは交流があってね。とはいってもクレアちゃんがここで働くようになってからだが。だから、今回のことも事前に聞いて、こちらから協力すると申し出たんだ。それに、これはクレアちゃんには黙っていたんだが、クレアちゃんのお父上は護衛代わりに人を雇って客としてここに来させていたんだよ。クレアちゃんは愛されてるね」

「え、そうなんですか?」


 心配してくれるのも、大切に思われるのも嬉しいけれど、わたしは結局自立した大人として見てもらえないのかと少し落ち込んだ。


「……わたしって、そんなに頼りないですか?」


 その問いに答えてくれたのは、役者の女性だった。


「ええ、そうね。頼りないわ。だって私、あなたに名乗ってもいないのに、私の話をはなっから信じてたでしょう? もう少し人を疑うことを覚えた方がいいと思うわ」


 ぐうの音も出ない。もっとも過ぎてわたしの頭は自然に下がった。そんなわたしの頭をテオが撫でる。


「それがクレアのいいところだよ。僕も心配になるところだけど」

「テオ……」


 頭を上げてテオの方を向くと、テオは目を細めて笑う。


「それで、もう一度、クレアの気持ちを聞かせてもらってもいい?」


 わたしは観念して、テオに気持ちを伝える。


「……わたしもテオが好き」

「あれ? さっきと言葉が違う気がするけど?」


 テオは意地悪く指摘する。その顔はどことなく面白そうだ。助けを求めるように周囲を見回すと、皆一様にニヤニヤと笑っている。じわじわと顔に熱が集まってきて、いたたまれない。ヤケになったわたしは叫んだ。


「……ああ、もう! あなたを愛しているわ、テオ……!」


 きっとわたしの顔は真っ赤になっているだろう。顔を両手で隠そうとしたら、それより前にテオがわたしを抱きしめる。


「僕も愛しているよ、クレア!」


 テオの胸で視界を塞がれて何も見えない。ただ、テオの逸る鼓動が喜びを伝えてくれているようで、嬉しくてわたしも力一杯抱き返した。


「おめでとう、二人とも!」

「よかったな」

「成功してよかったわ」


 三者三様のお祝いの言葉が聞こえる。もうここまで恥ずかしいところを見られたのだ。開き直るしかないと半ば諦めの境地だった。


 すると、テオが体を離してわたしの左手を取る。


「クレア、改めて言うよ。僕と結婚してくれますか?」

「え……」


 まさかプロポーズまでされるとは思わなかった。だけど、ここでまたわたしは考えてしまった。わたしはテオを幸せにできるのだろうかと。即答しなかったからか、テオの顔が曇る。


「……また、僕に責任を感じているのならそれはやめて欲しい。クレアは確かに僕よりも年上かもしれない。だけど、これからのことなんて誰にもわからないんだ。わからないことに責任を感じる必要なんてない。それで返事は?」

「……後悔しない?」

「今、クレアを諦める方が後悔する。一生ね」


 テオは真っ直ぐにわたしを見ている。その視線は揺るがない。それならわたしの気持ちも一緒だ。


「……はい、喜んで」

「やった!」


 テオの顔が綻んで、声を上げた。それからごそごそと右手をスラックスのポケットに入れると、何かを取り出す。


「テオ、それは?」

「こんなこともあるかもしれないと思って、一応持ってきてよかったよ」


 そう言うと、銀色に光る指輪をわたしの左手の薬指にはめた。


「これって……」

「婚約指輪だよ。兄上に言われて用意しておいたんだ。役に立ってよかったよ」

「お兄様……どこまで見越していたの……」


 アウグストには敵わない。三日前にわたしのところに来て煽っていったのも、きっと成功する確率を上げるためだったのだろう。


「ありがとう、テオ……」


 指輪の重さと冷たさが、わたしに実感を与えてくれる。感無量ってこんな気持ちだろうか。幸せな気持ちが膨らんで胸の中がいっぱいになる。その気持ちはとどまらずに涙になって溢れた。


「幸せにする、って言いたいけど、僕はまだまだ半人前だから断言できない。だから、僕と一緒に幸せになってください。僕の幸せはクレアと共にあるから」

「ええ、わたしの幸せもテオと共に……」


 お互いに責任を負うのではなく、共に歩きながら互いに助け合っていく。わたしはその方が嬉しい。


 テオに左手を預けて陶然と幸せに浸っていると、テオが言う。


「こうなったらすぐに父上と母上に報告しないと。考える時間があると、またクレアが迷い始めるからね」

「そんなに急がなくても。テオもこれから仕事じゃないの?」


 不思議に思って尋ねると、テオががっくりと肩を落とす。


「……そうだった。じゃあ、仕事が終わってからだね。クレアも一緒に報告に行こう」

「……そうね。こういうことは二人で報告しないと。お父様に言うべきかしら。テオをわたしにくださいって」

「それを言うなら僕の方だよ。父上にも母上にもクレアをくださいって挨拶をしないといけないな。だけど、クレアは結局父上の娘でいることには変わりがないからどうなんだろう」


 うーんと二人で悩む。その様子を三人が生温い目で静かに見つめていることに気づくのは、もう少し後だった。

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