テオの縁談相手?
その三日後のことだった。
眠れない夜を過ごしたわたしは、いつものようにカフェに出勤した。
「おはようございます!」
空元気だとしても、声を張って笑顔で挨拶をする。例え私生活で何かあったとしても、公私混同は良くない。
だけど、厨房からダンさんが困惑した顔で慌てて出てきたので首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとね……クレアちゃんに会いたいって人が来てるんだよ」
「え? わたしに?」
すると入口の扉に背を向けて座っていた女性が立ち上がり、振り返る。
「あなたがクレアさん?」
「はい、そうですが……」
「ふうん」
女性はわたしを上から下までじろじろと見る。見知らぬ女性にそんなことをされる理由がわからずに困惑した。
女性はわたしと同じくらいの歳だろうか。綺麗な金髪を編み込んでシニヨンにし、深緑のドレスを着ている。繊細なレースを袖口や襟ぐりにふんだんに使ったドレスはわたしの給金では到底手に入らないだろう。
「あの、わたしに何か御用ですか?」
「テオドール様から中々縁談を受けていただけなかった理由を聞いたら、あなたの名前が出たから、どんな人かと思っていたけどなるほどね」
得心がいったように女性は頷く。だけど、わたしはそんな女性の様子よりも、女性の話の内容について考えていた。
──中々受けていただけなかった?
つまり、テオは受けたということだ。話が進むのが早くて、気持ちの整理が追いつかない。
平常心を装おうとしても、足が震えて、今にも崩れ落ちそうだった。後悔しても仕方がないのに──。
「立ち話もなんだからあなたも座ってくださらない?」
彼女は自分の向かいの席へ座るようにわたしを促すと、席に着いた。
「ですが、開店の準備をしないと……」
振り返って厨房を見ると、ダンさんとリーシャさんが慌てた様子で手を振る。
「大丈夫よ。まだ時間はあるから」
「そうですか? それなら……」
わたしも渋々、厨房に背を向けるように彼女の向かいに座った。
「あなたはいいわね」
唐突な言葉にわたしは面食らう。前後の脈絡がなくてわからないので反応のしようがない。黙って続きを待つと、彼女は言う。
「平民だったのに、親の再婚で貴族になり、その上、素敵なお兄様と弟ができて。努力せずに報われる人っているのよね」
「……努力と言われましても」
貴族になったらなったで柵は増えるし、平民、貴族、どちらにも所属していないような中途半端な身分が羨ましいのだろうか。
すると、彼女は溜息混じりに愚痴る。
「わたくしなんて、努力して嫁ぎ先を見つけないといけないというのに不公平よね。ようやく見つけた好物件にはあなたというおまけが付いているし」
「好物件……?」
「ええ。テオドール様よ。彼自身は見た目もいいし、連れて歩くにはいいでしょう?」
「……あなたはテオの、婚約者になるのですよね?」
「ええ、そうよ?」
それがどうしたと言いたげな顔だ。その割にはテオへの思いが感じられないのだけど。それに何のためにわたしに会いに来たのかもわからない。
「あなたはわたしに用があるから来たのですよね? 何が仰りたいのですか?」
「あなた、邪魔なのよ」
彼女はきっぱりと言う。そこから淀みなく言葉が紡がれる。
「あなたがいるからテオドール様は思いを断ち切れないようだし、完全に縁を切ってくださらない? あなただってその方がいいでしょう? テオドール様の気持ちに応える気がないのだから。家族としての縁もなくなれば、テオドール様も諦めざるを得ないでしょうから」
「……嫌です」
わたしは低い声で言うけれど、彼女は無視して続ける。
「ただでさえ、次男で家を継がないテオドール様との縁談をわたくしも我慢して受け入れたのだから、テオドール様だって妥協してくれないと困るのよ。見た目だけの男なんてわたくしだってごめんだわ」
「やめて!」
自分のことばかり主張する彼女に、沸々と怒りがこみ上げてきて、とうとう爆発した。
「テオを侮辱しないでください。テオは見た目だけの男なんかじゃない。テオのいいところはそんなものじゃありません!」
ちゃんとテオの中身まで見て欲しい。
だけど、彼女はそんなわたしの気持ちも御構い無しにテオを嘲る。
「お金も名声もない男よ? どこにいい男の要素があるのよ」
「っ、あなたは、テオと結婚するんでしょう? どうしてテオのいいところを見てくれないんですか!」
「だから言ってるじゃない。見た目はいいって」
「そうじゃなくて……!」
わたしはもどかしくて頭を振る。価値観が違うから伝わらないのだろうか。これではテオが幸せになれないし、彼女だって幸せになれないだろう。だからわたしは問うた。
「あなたはテオが好きじゃないんですか?」
彼女は愉快そうに笑う。
「そうね。見た目は好きよ」
あっけらかんと言う様子から、彼女が本当にそう思っているのが伝わってきた。彼女にとってテオは飾りでしかない。それがどうしても許せなかった。
「……あなたは、テオを幸せにはしてくれないんですか?」
「違うわね。わたくしが幸せにしてもらうのよ」
あくまでも自分が中心。テオは二の次。もう我慢できなかった。こんな人に大切な人を渡したくない、その思いが最高潮まで高まって、わたしは振り切れた。
「あなたなんて認めない! わたしがテオを幸せにする!」
だけど、彼女は白けたようにわたしに言う。
「どうやって? あなたはテオドール様を切り捨てたのだから、テオドール様がどうなろうが関係ないじゃない。ただ縁を切ればいいのよ」
「違います! わたしはテオに幸せになって欲しいから受け入れられなかった。テオを大切に思ってくれる女性とならテオが幸せになれると思ったから……ですが、わたしの方があなたよりもテオを大切に思っています。その気持ちは負けません」
「素晴らしい家族愛ね。涙が出そうだわ」
彼女は手を叩いて笑う。それが余計に腹立たしかった。
──こんな人にテオを渡したくない。
ドロドロとした嫌な感情が溢れてくる。テオが彼女と仲睦まじく過ごす姿を想像するだけで気分が悪くなりそうだ。それは彼女に好感を持てないからというよりも、ただテオを奪われたくないという子どもじみた独占欲にも似ている。これが嫉妬なのかもしれない。
「家族愛……? 違います。わたしは、一人の男性として、テオを愛しています。だから、テオを大切に思ってくれないあなたには渡したくない……!」
そう言い切ると、場が静寂に包まれた。彼女は怒るかと思いきや、面白そうに笑った。
「ほら、やっぱりね」
「え?」
何がやっぱりなのかわからない。こみ上げていた怒りの感情は、行き場を無くして霧散してしまった。
すると、背後から声が聞こえた。
「……兄上はそう言っていたけど、僕は半信半疑だったよ」
聞き間違えるはずがない。ずっと焦がれていた人の声だ。何故ここにという疑問は、早く姿を見たいという逸る気持ちによって押し流される。
振り返ると見紛うことのないテオの姿があった。
そしてその後ろには申し訳なさそうなダンさんとリーシャさんがいる。これは一体どういうことだろう。
それぞれの顔を見比べていると、彼女が肩を竦めて告げた。
「ごめんなさいね。アウグスト様に頼まれたの」




