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本心に気づく時

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 そう言って最後のお客様に頭を下げた。扉の閉まる音がしてようやく閉店作業に入る。


 リーシャさんがお金の計算をして、ダンさんは厨房で洗い物、わたしはホールの掃除をする。

 いつもは最後までいないのでわからなかったけれど、思った以上に大変だ。


 このお店はダンさんとリーシャさんが二人でも回せるように考えたそうで、それほど店内は広くない。四人がけのテーブル席が四つと、カウンター席が四つの計二十人が限界だ。


 それでも全てのテーブルを拭いて、椅子をテーブルの上に逆さに置き、その床を箒で掃いて、更に拭く。その作業も結構な重労働だった。


 これを定休日以外、毎日二人でやっていると思うと頭が下がる。床を端から端まで拭き終えて立ち上がると、伸びをする。


「ふう。これ、お二人でするとなると、大変じゃないですか?」

「もう慣れたわ。だけどクレアちゃんは疲れたでしょう? じゃあ話を聞きましょうか。ほら、ダン。あなたも」

「はいはい」


 厨房の片付けも終わって、ダンさんが手を拭きながら出てきた。三人でテーブルを囲むとリーシャさんが口火を切った。


「それで、何があったの?」

「……それが」


 わたしはテオに告白されてからのことを話した。母に言われたことも含めて全てだ。


 リーシャさんもダンさんも、真剣にわたしの話に耳を傾けてくれている。それがありがたくて、わたしは自分を嘲った。


「……わたしは卑怯です。テオの気持ちを受け入れることもできずに中途半端に期待させて。結局テオを傷つけた」

「だけど、それはクレアちゃんがテオドールくんを大切に思っているからでしょう? 話を聞いてそれはよくわかったわ」


 リーシャさんはわかってくれたけど、その優しさが痛い。きっとわたしは誰かに責めて欲しかったのだと思う。そうすればテオの心の痛みをもっとわかるような気がしたから。


 すると、これまで黙って聞いていたダンさんが口を開いた。


「……クレアちゃんは勘違いをしているね」

「え?」


 わたしとリーシャさんはダンさんを見る。

 わたしが一体何を勘違いしているのだろうか。ダンさんの次の言葉を待った。


「もし間違っていたらごめん。だけど、クレアちゃんは自分が失うものが大きいから答えられないようなことを言っていたけど、違うんじゃないか? テオドールくんが失って後悔するだろうから受け入れられないように感じたよ。クレアちゃんの中では未だにテオドールくんは守らなければいけない存在なのかい?」


 少し考えてわたしは頷いた。


「そう、かもしれません。わたしの方が年上だから、テオが間違わないようにしっかりしないといけないって……」

「それはテオドールくんに失礼だよ」


 ダンさんはばっさりと切って捨てた。


「テオドールくんももう成人した男だ。好きな女性に一人前の男として見られないのは屈辱だよ。クレアちゃんは色々と苦労しただろうから、しっかりしないといけないって気を張るのはわかる。だからといって、テオドールくんの人生に責任を負う必要はないし、テオドールくんはそれを望んでいないと思うよ。彼は自分が選んだ道に責任を負う覚悟を決めたから、クレアちゃんに気持ちを伝えたんだろう」

「ダンさん……そうかもしれません。ダンさんの方がよっぽどテオの気持ちをわかっているみたいです」


 わたしはテオのためと言いながら、自分の気持ちを押し付けてはいなかっただろうか。テオの気持ちを信じることができていなかったのではないだろうか。


 ダンさんのおかげで自分の目が曇っていたことに気づいた。だけど──。


 俯くわたしに、今度はリーシャさんが言う。


「クレアちゃんがこうして真剣に迷うってことは、クレアちゃんもテオドールくんが好きなのよね? 恋愛感情として」

「……」


 認めたくなかった。それでも認めないといけないのかもしれない。


 何故、テオの気持ちを受け入れられなくて深い喪失感に襲われたのか。


 姉弟だったらそんな気持ちになんてならなかったはずだ。受け入れられなくても、家族でいられるのだからとほっとしていただろう。


 ──わたしはいつのまにかテオを、一人の男性として思っていたのだ。


 最初からではなかったけれど、ゆっくりと確実に気持ちは変わっていった。そのことに気づきたくなくて、自分にもテオにも言い聞かせるように、姉弟であることを事あるごとに強調してきた。


 思い出すのは昔のテオではなく、最近のテオの姿。


 笑った顔、悲しそうな顔、全てがわたしの胸を締めつける。


「……クレアちゃん?」


 呼ばれて顔を上げると、視界には滲んだ姿のリーシャさんが映った。泣き笑いでリーシャさんに答える。


「今になって気づくなんて馬鹿みたいですよね。ずっと弟だって思ってきたのに、今わたしが思い浮かべるのは、昔のテオじゃなくて今のテオなんです」

「それじゃあやっぱり……」


 わたしは滲んだ涙を拳で拭いて頷いた。


「はい。わたしは今のテオが好きです」


 口に出してみると、こんなに簡単なことだったと気づく。立場や環境に縛られていたのはわたし自身だった。気持ちはいつでも自由だったというのに。


「ですが、この気持ちはテオには言わない方がいいと思います。もうこれ以上、テオを振り回して傷つけたくはありませんから」

「だけど、テオドールくんは待っているんじゃないかな」


 ダンさんの言葉にわたしは首を緩く振って否定する。


「……テオは受け入れると言っていました。わたしは気づくのが遅過ぎたんです。だから、テオの気持ちを尊重します。今は辛くてもこの気持ちもきっとまた変わると思いますから……」


 次に会う時は、テオに別に好きな人ができた時かもしれない。辛いけれど仕方がないのだ。その時は姉としてお祝いが言えるようになりたい。


 テオの幸せがわたしの幸せなのだから──。



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