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攻略対象外の幼馴染×ヒロインが最推しなので、公式にないルートを作ります  作者: かん


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第五話 

結局、アルマは何も言わなかった。


夕陽が水平線に沈みきる、その最後の一瞬。アルマは開きかけた唇をそっと閉じて、ただ、セレナに笑いかけた。


前世で何百回と見た、あのスチルと同じ顔で。


そしてフレンダは、事故チュー作戦を決行できなかった。


クライトの問いに答えて、向き直ったときには、もう全部が終わっていたのだ。セレナが「そろそろ戻ろっか」と立ち上がり、アルマが「うん」と頷き、二人は並んで砂浜を歩き去っていった。


砂の上に残った、二人分の足跡。


フレンダは岩陰でしゃがみこんだまま、それが波に消されていくのを、呆然と見つめていた。



◇



「なんで!! 言わなかったの!!」


その夜。宿の裏の井戸端で、フレンダはアルマに詰め寄っていた。


「いい雰囲気だったじゃん! 夕焼けだったじゃん! 海だったじゃん! あれ以上の舞台なんてこの世に存在しないよ!?」


「しーっ、声が大きいよフレンダ……!」


アルマは慌てて周囲を見回し、それから、力なく肩を落とした。


「……言おうとは、したんだ」


「見てた。唇、開いてた」


「見てたの!?」


「見てた。双眼鏡で」


「双眼鏡で!?」


アルマは頭を抱えた。けれどすぐに、ぽつりと続けた。


「本当に、言おうと思ったんだ。フレンダに言われたこと、ずっと考えてた。伝えられるうちに伝えなきゃって。……でも、いざセレナがこっちを向いて、笑ったら」


アルマは、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。


「喉の奥で、言葉が全部、消えちゃったみたいになって。どうしても、出てこなかった」


その声は、自分でも不思議でたまらない、という響きをしていた。


フレンダは、口をつぐんだ。


(言葉が、消えた)


背筋を、冷たいものが這い上がった。


あの夕暮れは、スチルと寸分違わなかった。光の色も、波の形も、二人の距離も。まるで、最初からそう描かれることが決まっていたかのように。


(……ゲームの、強制力?)


転生ものの物語では、よくある設定だった。どれだけ主人公が足掻いても、決められたシナリオは変えられない。

運命はあらゆる手段で軌道を修正し、元の筋書きへと引き戻そうとする。


もし、それがこの世界にも働いているのだとしたら。


アルマが告白できないことが、決まっているのだとしたら。


なら、アルマが死ぬことも――。


「フレンダ? 顔、真っ青だよ」


「……ううん。なんでもない」


フレンダは首を振った。


(違う。そんなはずない。だって、変わったこともある)


馬車の中で頭を撫でられたこと。小屋で受け止められたこと。うさぎと髪飾り。どれも、ゲームにはなかった。


変えられる。きっと、変えられる。


「アルマ。次は、言おうね」


「……うん。次は、きっと」


アルマが、困ったように笑った。


その笑顔が、あのスチルの最後の一枚と重なって見えて、フレンダは慌てて目を逸らした。



◇



物語が動いたのは、その二日後のことだった。


夕刻、宿の食堂の扉が勢いよく開き、ガルドの二班が駆け込んできた。いつもは誰より先に「怪我ないか!」と叫ぶレオンが、今日は硬い顔で口を引き結んでいる。


「全員、集まれ」


ガルドの声が、低く響いた。


卓を囲んだ一同の前で、ノアが手帳を開く。眼鏡の奥の目が、いつになく鋭い。


「西の船着き場の裏手、積み荷の陰で、男二人の会話を聞きました。一言一句、書き留めてあります」


ノアは淡々と読み上げた。


『荷は予定通り、来月の新月に入る』


『騎士どもは、まだガキ探しに夢中だ。笑えるな』


『あの方は、王都の連中がこいつを手放せなくなるまで、時間を稼げと仰せだ』


『香りの甘い葉っぱ一枚で、貴族様が這いつくばる。いい商売だよ』


食堂の空気が、凍りついた。


「……ガキ探し、って」


セレナの声が、震えた。


「王子殿下のこと、ですよね」


「おそらくな」


ガルドが、重く頷いた。


「そいつらは見失った。ジークが追ったが、路地に紛れられた」


「……悪かった」


ジークが、拳を卓に押しつけたまま低く呟く。いつもの棘はどこにもなかった。


フレンダは、膝の上で、両手をきつく握りしめていた。


(来た)


知っている。この会話を、知っている。


王子誘拐は陽動。本当の狙いは、違法ハーブの密輸と普及。王国の目を王子の捜索に向けさせている間に、貴族を中心に中毒者を増やしていく。


ゲームでは、この会話を聞くのはヒロインたちだった。今回それを聞いたのは二班だ。少しだけ違う。けれど、物語は確かに、同じ方向へ動き出している。


「当然、俺たち騎士団も動く。駐屯地の騎士も総出だ」


ガルドは、一同の顔をひとりずつ見回した。


「だが、正直に言って人手が足りない。港は広い。出入りする船も多い。……お前たちはまだ学生だ。本来なら、王都に帰すべきなんだろう」


言葉を切り、ガルドは深く息を吐いた。


そして、頭を下げた。


「どうか、力を貸してほしい」


食堂が、しんと静まり返った。


苦労人の、いつも溜め息ばかりついている引率騎士が。学生たちに向かって、頭を下げている。


最初に立ち上がったのは、金色の髪の少女だった。


「もちろんです!」


セレナの空色の瞳が、まっすぐガルドを見ていた。


「私たちは、そのためにここに来ました。王子殿下を見つけるために。この国の人たちを守るために」


「……セレナが行くなら、僕も」


アルマが、静かに続く。


「当たり前だろ! ここまで来て帰れるかっての!」


「ふん。……足手まといになるつもりはない」


「僕の記録が役に立つなら」


レオンが、ジークが、ノアが、次々に立ち上がる。クライトは何も言わず、ただ一度だけ、短く頷いた。


フレンダは、ごくりと喉を鳴らした。


この先に何があるのか、知っているのは彼女だけだった。


港の陰謀。迫る危険。そしてその果てにある、アルマの死。


「……行きます」


フレンダは、立ち上がった。


握りしめた手のひらに、まめの跡が硬く触れていた。


◇


翌日から、捜索隊は班に分かれず、八人で行動することになった。


任務は、港での輸入品検査の強化。駐屯地の騎士たちと共に、入港する船の積み荷を一つずつ改めていく。


「香辛料、乾物、薬草の類は特に念入りに。ノア、入港記録との照合を頼む」


「はい。過去三年の取引と比べて、量や品目が不自然な荷を洗い出します」


港は、朝から晩まで人と荷でごった返していた。木箱、麻袋、樽。異国の言葉が飛び交い、荷車の車輪が石畳を鳴らす。


「なんで俺たちが検問に引っかからなきゃならねえんだ!」


「規則だ。開けろ」


商人たちの不満の声を浴びながら、一同は黙々と荷を改めた。


昼を少し過ぎた頃だった。


香辛料を積んだ荷車を引く、小柄な男がいた。日焼けした顔に、目深にかぶった帽子。

麻袋を改めるセレナの手元を、妙に落ち着かない目つきで見ている。


フレンダは、ふと鼻をひくつかせた。


(……甘い)


胡椒でも、肉桂でもない。熟れすぎた果実のような、どこか頭の芯を痺れさせるような、甘ったるい香り。


記憶の底で、何かが引っかかった。


『香りの甘い葉っぱ一枚で』


(ゲームの、あのハーブの描写――)


「セレナ! その一番下の袋、開けて!」


フレンダの声に、男の肩がびくりと跳ねた。


セレナが袋の口を開く。乾燥した香辛料の下から、別の小袋が覗いた。中には、細かく刻まれた、くすんだ緑色の葉。


甘い香りが、ぶわりと広がった。


次の瞬間、男が荷車を蹴り倒した。


「きゃっ!」


麻袋が崩れ、香辛料が宙に舞う。セレナがよろめき、アルマがとっさにその体を支える。

その隙に、男は人混みの中へ飛び込んでいった。


「逃げたぞ!」


レオンの叫びより早く。


藍色の影が、地面を蹴った。


クライトだった。


誰よりも早かった。人の間をすり抜け、崩れた木箱を飛び越え、荷車の陰を回り込む。足音すら、ほとんど聞こえない。

フレンダが走り出したときには、その背中はもう遥か先にあった。


男が、路地へ曲がる。


クライトも、曲がる。


フレンダが息を切らして路地の入り口にたどり着いたとき、すべては終わっていた。


男は石畳に組み伏せられ、背中にクライトの膝が乗っていた。両腕は後ろにねじり上げられ、身動きひとつ取れない。


「……抵抗するな」


クライトの声は、息ひとつ乱れていなかった。


(は、速すぎる……)


夜の訓練場で、何百回と打ち合ってきた。それでも、本気の彼を見るのは、これが初めてだった。


◇


駆けつけたガルドたちが男を取り囲む。男は石畳に頬を押しつけられたまま、目を血走らせて喚いた。


「ち、違う! 聞いてた話と違う! 騎士は王子探しで手一杯だって、港の検問なんか形だけだって、そう言われてたんだ!」


「誰にだ」


ガルドが低く問う。


「言えるかよ! 言ったら、俺が……」


男の顔から、さっと血の気が引いた。


「頼む、頼むよ。あいつと話をさせてくれ。あいつなら何とかしてくれる。俺はただ運べって言われただけなんだ。中身なんて知らなかった、本当だ、だから」


「あいつ、とは誰だ」


「……っ」


男が、唇を噛んだ。


その目が、ほんの一瞬、動いた。


クライトの膝が、男の背からわずかに浮いた、その刹那。


男の手が、袖の内側へ滑り込んだ。


「――っ、危ない!」


フレンダの叫びと、銀色の閃きが、同時だった。


男が隠し持っていたナイフを抜き放ち、めちゃくちゃに振り回す。すぐ近くにいたセレナに、刃先が向かう。


藍色の腕が、間に割り込んだ。


クライトは、刃を素手で払った。男の手首を打ち据え、ナイフが宙を舞い、からん、と石畳に落ちる。そのまま男の腕を捻り上げ、再び地面に叩き伏せた。


ほんの、一瞬の出来事だった。


「確保!」


ガルドとレオンが男を押さえつけ、ジークがナイフを蹴り飛ばす。


フレンダは、立ち尽くしていた。


クライトの左手から、赤いものが滴っていた。


手の甲から手首にかけて、一筋、刃が走った痕。そこから血が溢れ、指先を伝い、ぽたり、ぽたりと石畳に落ちていく。


フレンダの顔から、血の気が引いた。


◇


駐屯地の医務室には、消毒液の匂いが満ちていた。


「……沁みますよ」


「ああ」


椅子に座るクライトの左手を、フレンダは両手で支えていた。消毒液を含ませた布を、傷口にそっと当てる。


クライトは、眉ひとつ動かさなかった。


傷は、思ったより深くはなかった。駐屯地の医師が「縫うほどじゃない」と言って、手当てをフレンダに任せて出ていった。


けれど、フレンダの手は、震えていた。


布を持つ指先が、どうしても止まらない。包帯を巻こうとして、二度、三度と取り落とす。


「……すみません」


「いい」


クライトは、ただ静かに待っていた。


ようやく包帯を巻き終えて、端を留める。白い布の上に、うっすらと赤が滲んだ。


フレンダは、その赤を見つめたまま、口を開いた。


「……クライト先輩は、刃を向けられても、全然動じませんでしたよね」


「……」


「怖くは、ないんですか?」


クライトの藍色の瞳が、フレンダを見た。


フレンダは、包帯の上に置いた自分の手を見つめていた。


「私は、怖いです」


声が、かすれた。


「自分が傷つくのは、もちろん嫌です。痛いのも、怖いのも、嫌です。……でも、誰かが傷つくほうが、もっと怖い」


石畳に落ちた、赤い雫が、目の奥に焼きついて離れなかった。


「だから、誰かが傷つく前に守りたいと思って、騎士を目指しました。……でも、やっぱり怖い。鍛錬は、たくさんしました。先輩にも、たくさん教えてもらいました。でも」


言葉が、喉で詰まる。


夕陽の中、開きかけて閉じたアルマの唇。喉の奥で言葉が消えた、と言った声。決められた筋書きへと引き戻されていく世界。


『君が無事でよかった』


「守れなかったら? 目の前で、誰かを失ってしまったら……?」


震える指先を、ぎゅっと握りこむ。


「私、ビビってるんです。……今日だって、足が、動かなかった」


クライトは、何も言わなかった。


遮ることも、慰めることもせず、ただ黙って、最後までフレンダの言葉を聞いていた。


医務室の窓の外で、波の音が、遠く寄せては返していた。


やがて、クライトが口を開いた。


「俺は、怖くない」


いつもと変わらない、抑揚の少ない声だった。


「怖いと思うなら、そう思わなくて済むくらい、強くなればいい」


フレンダは、顔を上げた。


「それでも守れないと思ったときは、一旦逃げて、作戦を立て直せばいいんだ。剣を振るだけが、戦い方じゃない」


淡々と、当たり前のことを告げるように。けれどその声には、夜の訓練場で「下から入れ」と教えてくれたときと同じ、揺るがない芯があった。


クライトは、包帯を巻かれた左手を、そっと持ち上げた。


そしてその手で、フレンダの握りしめた拳の上に、自分の手を重ねた。


大きくて、温かい手だった。


「それに、お前は一人じゃないだろう」


藍色の瞳が、まっすぐにフレンダを映していた。


「班のみんなも、いる。……俺だって、いる」


一拍、間が空いた。


「助け合えばいい」


フレンダの視界が、にじんだ。


包帯の白も、窓の外の夕暮れも、目の前のクライトの顔も、何もかもが、ゆらゆらと滲んで揺れる。


一人じゃない。


ずっと、一人だと思っていた。

この世界の行く末を知っているのは自分だけで、アルマを救えるのも自分だけで、だから自分一人で強くならなきゃいけないのだと。


唇を、強く噛みしめた。


泣かない。泣いたら、きっと止まらなくなる。


「……はい」


絞り出した声は、ひどく震えていた。


重ねられた手の下で、握りしめていた拳から、少しずつ力が抜けていく。


涙は、こぼれなかった。


けれど、こぼれる寸前の熱い雫を目の縁に湛えたまま、フレンダはいつまでも、その温かい手のひらの重みを感じていた。


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