↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
攻略対象外の幼馴染×ヒロインが最推しなので、公式にないルートを作ります  作者: かん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/25

第二十話

月のない夜は、どこまでも暗かった。


広場の枯れ井戸のまわりに、九つの影が身を潜めていた。捜索隊の八人と、伝令役の駐屯地の若い騎士がひとり。ライは、いない。


松明は焚かない。灯りは、ガルドの手元の小さな角灯だけ。それも覆いをかけて、足元をかすかに照らすだけにしている。



「……静かすぎるな」


レオンが、ひそめた声で呟いた。


港の東の空が、うっすらと赤く染まっていた。第三倉庫を囲む騎士団本隊の松明だろう。岬の灯台のあたりにも、いくつかの灯りが見える。


けれど、物音ひとつ、聞こえてこなかった。


フレンダは、外套のポケットの中で、二つのシーグラスを握りしめていた。浜辺でもらった、新しいほう。そして、空っぽの部屋に残されていた、古いほう。


(ライ。どこにいるの)


隣で、クライトが井戸の底をじっと見下ろしていた。


時間が、ゆっくりと過ぎていく。



一刻。二刻。


夜半を過ぎた頃、石畳を駆けてくる足音が響いた。


全員が、剣の柄に手をかける。


角灯の光の中に飛び込んできたのは、騎士団の伝令だった。息を切らし、顔は汗と煤で汚れている。


「ガルド殿!第三倉庫は、空です!」


「何……!」


「船は来ました。ですが、積み荷は空の木箱ばかり。乗っていたのは、何も知らない雇われの船乗りだけで……!」


「囮か」


ガルドが、低く唸った。


ノアの読み通りだった。第三倉庫の取引そのものが、騎士団の目を引きつけるための罠。


「灯台は」


「団長が、本隊の半分を率いて向かわれました。ですが、灯台の下の洞窟の入り口が見つからず……」



そのとき。


井戸の底から、かすかな音が、這い上がってきた。


全員が、息を止めた。


風の音ではなかった。


泣き声だった。


小さな、子どもの泣き声。遠く、くぐもって、それでも確かに。


――おかあさま。おかあさま。


レオンの顔から、血の気が引いた。


「……殿下だ」


誰かが、呟いた。


泣き声は、少しずつ遠ざかっていく。井戸の底の、さらに奥へ。灯台の方角へ。


「運ばれてる」


クライトが、低く言った。


「この井戸の下の道は、旧市場の下を通って、大桟橋の下で二つに分かれる。片方が、灯台へ続いている。……今、追えば、大桟橋の分かれ道で追いつける」


「待て」


ガルドの声が、鋭く響いた。


「団長の命令は、前線に出るな、だ。お前たちは学生だぞ。地下に入るのは――」


「ガルドさん」


セレナが、まっすぐにガルドを見た。


「殿下が、泣いてます」


ガルドは、口をつぐんだ。


井戸の底から、泣き声が、遠く、遠く、響いてくる。


レオンが、拳を握りしめていた。その肩が、かすかに震えている。


ガルドは、目を閉じた。


長い、長い溜め息をついた。


それから、目を開けた。


「――伝令。団長に伝えろ。捜索隊は、広場の井戸から地下に入り、殿下を追う。責任は、すべて引率の俺が取る、と」


「は、はい!」


伝令が駆け去っていく。


ガルドは、角灯の覆いを外した。


「縄を下ろせ。クライト、先頭だ。道案内を頼む。……全員、絶対に死ぬなよ。お前たちに何かあったら、俺は一生、溜め息しかつけなくなる」



◇



井戸の底は、思ったよりも広かった。


縄を伝って降りた先は、石を積んで造られた古い通路だった。

天井は低く、壁はじっとりと湿っている。角灯の光が、苔むした石の表面をぬらりと照らした。


潮の匂い。黴の匂い。そして、かすかに、あの甘い匂い。


「こっちだ」


クライトが、迷いなく歩き出した。


分かれ道。また分かれ道。クライトは一度も足を止めなかった。まるで、何度も歩いたことがある道のように。


十年前に、一度だけ聞いた父の話。その記憶だけを頼りに。


泣き声が、近くなってきた。


それと一緒に、別の音も聞こえてくる。足音。何かを引きずる音。低い、男たちの声。


クライトが、片手を上げた。


全員が、止まる。


通路の先が、ひらけていた。


天井の高い、広い空洞だった。いくつもの通路が、ここで合流している。空洞の真ん中を、地下水が細い川になって流れていた。大桟橋の真下。


そこに、男たちがいた。


十人。いや、もっと。木箱を担ぎ、荷車を押し、灯台へ続く通路へ向かって進んでいる。木箱から漏れ出す甘い匂いが、空洞に満ちていた。


そして、その列の中ほどに。


大きな麻袋を背負った男がいた。


麻袋が、もぞもぞと動いていた。中から、かすれた泣き声が聞こえる。


レオンが、一歩踏み出しかけた。


ガルドが、その肩を掴んだ。


「……数が多い。まず、袋の男を――」


そのときだった。


列の最後尾の男が、ふと振り返った。


角灯の光が、目に入ったのだろう。


「――誰だ!」


男の叫びが、空洞に反響した。



◇



男たちが、一斉に荷を捨てて、刃を抜いた。


「行くぞ!」


ガルドの声と同時に、八人は空洞へ飛び込んだ。



最初に敵とぶつかったのは、レオンだった。


大柄な男が、棍棒を振りかぶって突っ込んでくる。レオンは大剣を構えた。


肩を、下げた。


わざと。大きく。誰が見ても、横薙ぎが来るとわかるように。


男が、棍棒で横を守る。


レオンの大剣は、横には来なかった。下げた肩をそのまま沈め、地面すれすれから、男の足を払い上げた。


「来ると思わせて、来ない、ってな!」


男の巨体が、宙を舞った。



ジークは、二人を同時に相手にしていた。


最初の突きを、かわされた。


瞬間、ジークの頭に血が上る。次を、次を、早く――。


(外れたら、一回吸って)


ジークは、息を吸った。


たった一呼吸。それだけで、視界が広がった。


二人の男の、構えの高さ。重心。次の一手。


ジークの剣が、走った。一人目の膝。二人目の肩。一人目の手首。同じ高さは、一度もなかった。


二本の刃が、からん、からんと石の床に落ちた。


「……ちっ。あいつの言う通りかよ」


ジークは、舌打ちしながら、次の敵に向き直った。



ノアは、細身の剣を構えて、ひとりの男と向かい合っていた。


男は、慎重だった。ノアの動きを、じっと読んでいる。


ノアは、左に踏み出した。打ち合い、離れる。また左に踏み出す。打ち合い、離れる。三度、四度。


男の目が、細められた。


(こいつは、左に動く癖がある)


そう読んだのだろう。五度目、ノアが踏み出す前に、男の剣が左を塞いだ。


ノアは、右にいた。


「――読ませたい癖、です」


細い刃が、男の剣を持つ腕を、正確に打った。



セレナとアルマは、背中合わせに立っていた。


四人の男が、二人を取り囲んでいる。


セレナの剣が、正面の男の刃を受ける。視界の端で、アルマの背中が動く気配がする。後ろの男が、アルマに斬りかかる音がする。


振り向きたい。アルマは大丈夫か、確かめたい。


(自分の前だけ見てればいい)


セレナは、振り向かなかった。


(隣にいるのは知ってるでしょ。ずっと、隣にいたんだから)


知っている。


生まれたときから、ずっと隣にいた。泣き虫だった頃も、背を抜かされた日も。昨夜、波打ち際で、言いたいことがあると言ってくれたときも。


だから、振り向かない。


自分の前だけを、見る。


セレナの剣が、鋭く踏み込んだ。正面の男の剣を払い、懐を突く。男が崩れる。返す刀で、右から来た男の刃を弾く。


背中で、アルマの剣が鳴る音がした。一度。二度。男の呻き声。倒れる音。


「――セレナ、右!」


「わかってる!」


二人の声が、重なった。


互いの顔は、一度も見ていなかった。それでも、二人の剣は、まるでひとつの生き物のように、四人の男を次々と退けていった。



フレンダの前には、熊のような大男が立ちはだかっていた。


両手に、太い鉈を一本ずつ。振り回すたびに、空気が唸る。


フレンダは、低く構えた。


鉈が、振り下ろされる。


(下から入る)


踏み込んだ。鉈の下をくぐり、大男の懐へ。


大男の太い腕が、フレンダを抱き込もうと伸びてくる。捕まったら、終わりだ。この腕に締め上げられたら、骨が折れる。


(入ったら、抜ける)


フレンダは、柄頭で大男の鳩尾を突いた。そして、その反動のまま、大男の脇の下をすり抜けた。背中側へ。


大男の腕が、空を抱く。


(抜けた先で、もう一回入る)


振り向こうとした大男の膝の裏を、フレンダの剣が打った。巨体が、がくりと崩れる。膝をついた大男の、今度は正面から、もう一度懐へ。


柄頭が、顎を打ち上げた。


大男は、白目をむいて、仰向けに倒れた。


フレンダは、肩で息をしながら、剣を構え直した。


(……ライ。ちゃんと、できたよ)



空洞の入り口で、ガルドが退路を守っていた。


通路から湧き出してくる新手を、たったひとりで押し返している。長剣の一振りごとに、男たちが壁際まで吹き飛んだ。


「数で押すしか能がねえのか、お前らは。……何度目だ、この台詞」


溜め息まじりに、ガルドは剣を構え直した。



そして、麻袋の男。


クライトが、その前に立っていた。


男は麻袋を背負ったまま、灯台へ続く通路へ逃げようとしていた。クライトの剣が、その行く手を塞ぐ。


「袋を、下ろせ」


低い声だった。


男は、震える手で麻袋を地面に下ろした。袋の口から、金色の髪が覗いた。小さな、小さな頭。泣き腫らした目が、怯えたように、角灯の光を見上げていた。


首に、鷲の紋章のペンダントが光っていた。


「――殿下!」


レオンが、駆け寄った。


袋の男を蹴り飛ばし、膝をついて、麻袋の口を大きく開く。泥と涙にまみれた、三歳の男の子が、そこにいた。


レオンは、その小さな体を、そっと抱き上げた。


「もう大丈夫だ。……もう、大丈夫だからな」


男の子は、レオンの胸にしがみついて、声を上げて泣き出した。


レオンも、泣いていた。




――そのときだった。


フレンダの背筋を、冷たいものが走り抜けた。


空洞の、壁際。合流する通路のひとつ。その暗がりの中で、何かが動いた。


セレナの、背後だった。


セレナは、正面の最後の男と打ち合っていた。アルマは、その背中を守りながら、別の男と剣を交えている。


二人とも、自分の前だけを見ていた。


ライに言われた通りに。


暗がりから、影が音もなく伸び上がった。


仕立ての良い深緑の外套。後ろに撫でつけた灰色の髪。左の目の下に走る、古い傷痕。


その手に、細身の長剣。


(――来た)


ゲームで見た構図だった。何百回と見た、あの場面。セレナの背後から斬りかかり、庇ったアルマの胸を貫く、あの男。


灰色の髪の男の剣が、セレナの背中に向かって、振り上げられた。


「セレナの後ろ!!」


フレンダの叫びが、空洞に響いた。


セレナは、振り向かなかった。


アルマも、飛び込まなかった。


セレナは目の前の男の剣を払いながら、身を低く沈めた。アルマは自分の敵を蹴り離し、セレナの頭上で、自分の剣を横に掲げた。


灰色の男の刃が、アルマの剣に受け止められた。


がきん、と鋭い音。


アルマは、倒れなかった。踏みしめた足が、石の床を噛んでいた。


「――倒れたら、守れない、って」


アルマが、歯を食いしばって言った。


「教わったんだ」


灰色の男の目が、わずかに見開かれた。


その瞬間。


藍色の影が、男の横から滑り込んだ。


クライトだった。


灰色の男は、すぐに体勢を立て直した。アルマの剣から刃を外し、クライトに向き直る。速い。そして、重い。今まで戦ったどの敵とも違う、本物の剣だった。


二人の剣が、ぶつかり合った。


かん。がっ。かきん。


灰色の男の剣は、蛇のようにしなやかだった。受けたと思った瞬間に、刃が滑り、別の角度から喉元を狙ってくる。クライトの剣が、それを弾く。また来る。弾く。


クライトの額に、汗が浮いた。


(押されてる……!)


フレンダは、剣を握りしめた。


灰色の男が、笑った。


「団長の息子か。……親父と同じ、つまらん剣だ」


クライトの表情は、変わらなかった。


ただ、その目が、すっと細められた。


灰色の男の剣が、渾身の力で振り下ろされる。


クライトは、それを受けた。


受けた剣を、そのまま、相手の刃に沿って滑らせた。


鍔元まで。


そして、そこで、止めた。


灰色の男の剣が、動かなくなった。


押しても、引いても。クライトの剣に絡め取られたまま、ぴくりとも動かない。


「……っ、なに」


灰色の男の顔から、初めて笑みが消えた。


稽古の日、ライがクライトの剣を止めた、あの捌き。


幼い頃、父がクライトの剣を止めた、あの捌き。



「つまらん剣で、悪かったな」


クライトが、低く言った。



「――フレンダ!」


呼ばれる前に、フレンダは走っていた。


低く。灰色の男の剣の下へ。懐へ。


剣を封じられた男は、フレンダを振り払おうと、空いた片手を伸ばす。


フレンダは、柄頭で男の脇腹を突き、そのまま脇をすり抜けた。


入ったら、抜ける。


男の手が、空を掴む。


抜けた先で、もう一回入る。


フレンダの剣が、背後から、男の膝の裏を打った。


灰色の男の体が、がくりと崩れた。


クライトの剣が、男の剣を弾き飛ばした。細身の長剣が、くるくると宙を舞い、地下水の川に落ちて、水音を立てた。


クライトの切っ先が、膝をついた男の喉元に、ぴたりと突きつけられた。


「……動くな」



◇



空洞が、静かになった。


倒れた男たちの呻き声。地下水の流れる音。レオンの腕の中で、しゃくり上げる王子の小さな声。


ガルドとジークが、男たちを次々と縄で縛り上げていく。ノアが王子の額に手を当て、熱がないかを確かめる。セレナとアルマは、背中合わせのまま、まだ剣を下ろせずにいた。


フレンダは、膝をついた灰色の男を見下ろしていた。


ゲームで、アルマを殺した男。前世で、何度も画面を殴りそうになった顔。


その男が、今、縄をかけられて、石の床に座り込んでいる。


アルマは、生きている。


セレナの背中を守って、自分の足で立っている。


(……変えられた)


胸の奥から、熱いものがこみ上げてきた。


灰色の男が、顔を上げた。


フレンダを見て、その唇が、歪んだ。


「……あの方は、もう灯台にはいない」


かすれた声だった。


「お前たちが、いくら急いでも、間に合わん。……もっとも」


男は、低く笑った。


「先に、追いついた奴がいるがな」


「……誰のこと」


フレンダの問いに、男は答えなかった。


ただ、空洞の奥、灯台へ続く通路とは別の、もうひとつの暗い通路を、顎で示した。



「白い髪の、亡霊だ」



フレンダの心臓が、止まった。



「十年前と、同じ目をしていた。……あの目は、殺す目だ」



◇



「フレンダ!」


クライトの声を背中に聞きながら、フレンダは走り出していた。


暗い通路。足元も見えない。けれど、止まれなかった。


すぐに、背後から足音が追いついてくる。クライトだった。角灯を手に、フレンダの隣に並ぶ。


「ひとりで行くなと言った」


「……はい。ごめんなさい」


「謝らなくていい。走れ」


二人は、闇の中を駆けた。


通路は、ゆるやかに下っていた。潮の匂いが濃くなる。波の音が、壁の向こうから聞こえてくる。


やがて、前方に、ぼんやりと灯りが見えた。


通路の突き当たり。岩をくりぬいた、小さな部屋。


壁際に、いくつもの棚が並んでいた。棚の上には、硝子の瓶。乾いた葉の束。そして、何冊もの、分厚い帳面。


部屋の真ん中に、二つの人影があった。


ひとりは、床に膝をついていた。上等な仕立ての、黒い外套。白髪交じりの髪をきちんと整え、穏やかな顔立ちをした、初老の男。


その喉元に、剣の切っ先が突きつけられていた。


剣を握っているのは。


白い髪の男だった。



「……ライ」



フレンダの声が、かすれた。


ライは、振り向かなかった。


膝をついた男を、ただ、見下ろしていた。


角灯の光が、その横顔を照らす。


灰とも紫ともつかない瞳が、凍りつくほど冷たく、静かに燃えていた。洗濯場で見た、あの目。いや、それよりも、ずっと、ずっと冷たい目。


膝をついた男は、喉元に剣を突きつけられているというのに、穏やかに微笑んでいた。


まるで、診察室で患者を迎えるときのように。



「やあ。随分と、大きくなったね」



男が、柔らかな声で言った。


ライの剣先が、ほんのわずかに、震えた。



「――久しぶりだね、先生」



ライの声は、静かだった。


いつもの軽さは、どこにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。