第二話
「全員そろったな。では、出発前に顔と名前を一致させておく」
正門前に停まった大型馬車の前で、無精ひげの騎士が手を叩いた。
年は二十代の後半くらいだろうか。鍛え上げられた体躯に、王国騎士団の紋章入りの外套。けれどその目の下には、うっすらと隈が浮いている。
「俺はガルド・ベルトラン。王国騎士団所属で、今回お前たちの引率を任された。……任された、というか押しつけられた」
最後の一言は、ほとんど溜め息だった。
(ガルドさん! 攻略対象⑤、苦労人枠の引率騎士! ゲームと同じ隈!)
フレンダは心の中で歓声を上げた。
ルートに入ると、毎晩遅くまで報告書を書いている彼に、セレナが夜食を差し入れるイベントがあるのだ。
「はいはーい! 次、俺な!」
勢いよく手を挙げたのは、明るい茶金の髪をした長身の青年だった。人懐っこい笑顔で、一同をぐるりと見渡す。
「二年のレオン・ハーヴェイ! 一年生のみんな、困ったことがあったら何でも俺に言えよ。荷物重いとか、腹減ったとか、足痛いとか! 怪我したら絶対すぐ言うこと! 隠したら怒るからな!」
「レオン先輩、まだ出発してもいないですよ」
セレナがくすりと笑う。レオンは「備えあれば、だろ?」と胸を張った。
(攻略対象②、レオン先輩。過保護お兄ちゃん枠。八人兄弟の長男。……王子誘拐の話に一番心を痛めてるのは、実はレオン先輩なんだよね……)
次に一歩前に出たのは、銀灰色の髪の少年だった。腕を組み、そっぽを向いている。
「……ジーク・ヴァルト。一年」
「それだけ?」
レオンが首を傾げると、ジークは眉間にしわを寄せた。
「それ以上何を言えって言うんだよ。……足引っ張るなよ、お前ら。べ、別に心配してるわけじゃないからな。任務に支障が出るのが嫌なだけだ」
(出た! 攻略対象③、ツンデレのジーク!なんだかんだ言って仲間思いのかわいいやつ!)
「僕はノア・エルステッド。一年です」
眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、黒髪の少年が穏やかに名乗った。小脇には分厚い本を三冊も抱えている。
「南の港町の地図と、過去三年分の潮汐表、それから交易船の入港記録を写してきました。何かの役に立てば」
「……この短期間で、それを全部?」
ガルドが目を剥くと、ノアは事もなげに頷いた。
「読むのは得意なので」
(攻略対象④、インテリ枠のノア。戦闘も頭脳戦で、彼の知識が事件解決のカギになるんだよね!)
セレナ、アルマ、そしてフレンダが順に名乗る。最後に、全員の視線が、ひとりの青年に集まった。
藍色の髪。藍色の瞳。腕を組んで馬車の脇に立つ、ひときわ背の高い姿。
「クライト・アーヴィング。三年」
以上だった。
沈黙が流れる。レオンが「お前は相変わらずだなあ」と苦笑し、ジークが「団長の息子……」と小さく呟いて、ごくりと唾を飲んだ。
◇
馬車は、王都の石畳を抜けて街道を南へ下っていった。
がたん、ごとん、と車輪が揺れるたび、窓の外の景色が少しずつ変わっていく。麦畑、風車、点在する小さな村。
フレンダは、クライトの隣の席に座っていた。
向かいにはセレナとアルマ。その隣にレオンとジーク、奥の席ではノアが本を広げ、ガルドは御者台で手綱を握る騎士と何やら話し込んでいる。
(さて、ここからが本番)
フレンダは膝の上で手を組み、頭の中でゲームの流れを広げた。
まず、南の駐屯地に着く。捜索隊は二手に分かれる。ゲームではここで、ヒロインがどちらのチームに入るかを選ぶ選択肢が出て、選んだ側の攻略対象の好感度が上がる仕組みだった。
それから何日か捜索を続け、休みの時間に、それぞれの仲間と仲を深める。
そして、あの海辺の夕暮れ。アルマがセレナに想いを伝えかけて、飲み込むスチル。
(あそこで、飲み込ませない)
どうにかして、背中を押す。アルマが言えなかった言葉を、今度こそ言わせる。
そしてその先にある、港の事件。アルマが倒れる、あの場面。
(そこは絶対に、私が止める)
目標は三つ。
ひとつ、アルマを死なせないこと。
ふたつ、推しカプをくっつけること。
みっつ、推しカプのいちゃいちゃを、特等席で心ゆくまで見届けること!
顔を上げると、ちょうど向かいでセレナがうとうとと舟を漕ぎ始めていた。
かくん、と頭が傾き、アルマの肩に落ちる。アルマは一瞬びくりと固まり、それから、そっと姿勢を整えた。セレナが眠りやすいように。
(あああああ……!!)
口元が緩む。緩むのを止められない。にやにや、にやにや。
「……何がおかしい」
低い声が、すぐ横から降ってきた。
びくっと肩を跳ねさせて振り向くと、クライトがこちらを見下ろしていた。
いつも通りの無表情。けれど藍色の瞳が、わずかに不思議そうに細められている。
「えっ、あっ、いえ! その、う、海! 海が楽しみだなーって! 私、海って見たことなくて!」
嘘だった。前世では見た。今世では本当に見たことがないので、半分は本当だ。
クライトはしばらく、じっとフレンダを見ていた。
それから、大きな手が、ゆっくりと持ち上がった。
ぽん。
頭の上に、手のひらが乗る。
「……そうか」
そのまま、ツインテールの分け目を崩さないように、やさしく、二度、三度と撫でられた。
「……え」
フレンダは固まった。
見上げたクライトの顔は、相変わらず無表情だった。けれど、その口の端が。ほんのわずかに、本当にわずかに、上がっていた。
馬車の中が、しんと静まり返った。
レオンが手にしていた干し肉をぽとりと落とした。ジークが「は?」と声に出した。ノアの眼鏡がずり落ちた。御者台から振り向いたガルドが、げほっと盛大にむせた。
いつの間にか目を覚ましていたセレナが、アルマの袖を引いて、口元を手で覆いながら目をきらきらさせている。
「……あのクライトが」
「……頭を撫でてる」
「訓練で一年を泣かせたことで有名な、あのクライトが……?」
ひそひそ声が飛び交う中、クライト本人だけが何事もなかったかのように手を下ろし、窓の外へ視線を戻した。
フレンダの顔は、ツインテールの根元まで真っ赤になっていた。
(な、なに今の!? ゲームにこんなイベントなかったけど!? ていうか私は友人枠! 友人枠ですから!)
◇
二日目の昼過ぎ、馬車が峠を越えた瞬間、視界がひらけた。
「――海だ!」
誰かが叫んだ。
眼下に広がるのは、どこまでも青い水平線。
白い壁と橙色の屋根の家々が、斜面に沿って段々に重なり合い、その先の港には大小の帆船がひしめいている。
空にはかもめが舞い、風に乗って、潮の香りが馬車の中まで流れ込んできた。
「すごい……!」
セレナが窓から身を乗り出す。アルマが慌ててその腰帯を掴んだ。
「セレナ、落ちるよ」
「だって見てアルマ、海! きらきらしてる!」
「うん。……きれいだね」
アルマが見ていたのは、海ではなくセレナの横顔だった。フレンダは見逃さなかった。見逃すはずがなかった。
町に入ると、にぎわいはさらに増した。魚を売る威勢のいい声。焼いた貝の香ばしい匂い。異国の布を並べた露店。日に焼けた子どもたちが、石畳の坂を駆け下りていく。
「おっ、あの串焼きうまそうだな! みんな腹減ってないか? 俺が買ってくるぞ!」
「レオン先輩、あっちに貝殻の細工物のお店が!」
「ふん、浮かれやがって。……おい、そこの店の干し魚、量り売りか?」
「ジークも浮かれてるじゃない」
一同の足取りが、目に見えて軽くなる。
フレンダの視界の隅で、クライトが小物屋の店先に並んだ、貝殻でできた小さなうさぎの置物の前でほんの一瞬だけ足を止めたのが見えた。
ぱん、ぱん、と手を叩く音が響いた。
「お前ら。旅行じゃないんだぞ」
ガルドが、疲れ切った顔で一同を見回していた。
「王子殿下が行方知れずになって、もうひと月以上だ。浮かれてる暇があったら、目と耳を使え。……レオン、その串焼きは後にしろ。クライト、お前もだ。何見てた」
「何も」
クライトは即答した。
◇
南の駐屯地は、港を見下ろす丘の上にあった。
石造りの小さな砦で、常駐の騎士は十数人ほど。駐屯地の隊長から受け取った地図を広げ、ガルドが指で区切っていく。
「捜索は二手に分かれて行う。一班はクライト、アルマ、セレナ、フレンダ。クライトを班長とする。担当は港の東側、倉庫街と旧漁師町だ」
フレンダは思わずごくりと息を呑んだ。
(ゲームの選択肢、ここだ)
ゲームでは、ヒロインがどちらの班に入るかを選べた。クライト班を選べばクライトの好感度が上がり、ガルド班を選べばガルドたちの好感度が上がる。
(クライト班……! ってことは、セレナとクライト先輩が同じ班……!)
まずい、とフレンダは思った。
クライトは攻略対象だ。しかも、捜索隊で一番腕が立つ。危ない場面でセレナを助けでもしたら、それだけで好感度が跳ね上がる。
(でも、アルマも同じ班。私も同じ班。……なら、私が全力で、セレナの隣をアルマに譲らせればいい!)
「二班は俺、レオン、ジーク、ノア。港の西側と、外れの岬一帯を回る。日没までに宿へ戻れ。日が落ちてからの捜索は、俺たち現役の騎士がやる。夜の港は、お前たちには危険すぎる」
ガルドの声が、わずかに低くなった。
「ここ数日、夜の港で妙な連中を見たという話が出てる。……くれぐれも、無茶はするな」
◇
倉庫街は、昼間だというのに薄暗かった。
背の高い石造りの倉庫がびっしりと並び、その隙間を縫うように、細い路地が迷路のように走っている。
潮と、魚と、湿った木材の匂い。遠くで、波が岸壁を打つ音がする。
「ここから先、道が狭くなる。一列で進む」
先頭のクライトが、短く告げた。剣の柄に手を添えたまま、足音ひとつ立てずに路地へ入っていく。その後ろにセレナ、アルマ、最後尾にフレンダ。
路地はどんどん細くなっていった。両側の壁が迫り、ついには肩が擦れるほどになる。
「わっ」
セレナが、壁から突き出した古い梁に気づかず、頭をぶつけそうになった。
とっさに、アルマの手が伸びた。セレナの頭と梁の間に、自分の手のひらを差し込む。ごつ、と鈍い音がした。
「アルマ! 大丈夫!?」
「平気。セレナは?」
「私は大丈夫だけど……もう、また自分のこと後回しにして」
狭い路地の中、セレナがアルマの手を取り、ぶつけた甲をのぞき込む。距離が近い。とても近い。
肩と肩が触れ合い、セレナの金色の髪が、アルマの胸元をかすめている。
アルマの喉仏が、ごくりと上下した。
「……セ、セレナ。近い、よ」
「え? あ、ごめん。狭いから……」
「ううん、いいんだ。……いいんだけど」
アルマの耳が、みるみる赤くなっていく。
最後尾で、フレンダは壁に額を押し付けて悶えていた。
(狭い路地! 密着! 庇う手! 照れるアルマ! 気づかないセレナ! 何これ、ここは公式の供給ですか!? ありがとう世界! ありがとう狭い路地! ありがとう梁!)
口元がまた、にやにやと緩む。緩みすぎて、もはや形を保てていない。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
先頭のクライトが、肩越しに振り向いていた。藍色の瞳が、セレナとアルマを通り越して、まっすぐフレンダを見ている。
(あっ)
「……また、何がおかしい」
「お、おかしくないです! この路地、狭いなって!」
「……」
クライトは何も言わず、前を向いた。
けれどその直後、彼の足がぴたりと止まった。
「止まれ」
空気が、一瞬で変わった。
クライトの手が剣の柄を握り、視線が路地の先、倉庫の屋根の上へと跳ね上がる。
フレンダもつられて見上げた。
屋根の縁に、何もいない。ただ、傾いた陽の光が瓦を照らしているだけだ。
「……クライト先輩?」
「今、人影が見えた」
低い声。セレナの手が、腰の剣に伸びる。アルマが一歩、セレナの前に出た。
波の音だけが、やけに大きく聞こえる。
一秒。二秒。三秒。
何も、起こらなかった。
「……気のせいかもしれない」
クライトがゆっくりと剣から手を離す。けれどその目は、最後まで屋根の上から離れなかった。
フレンダは、自分の心臓の音を聞いていた。
(ゲームの序盤で、こんな場面、あったっけ……?)
思い出せない。思い出せないことが、少しだけ怖かった。
◇
夕方近く、一班は旧漁師町の外れにある、一軒の小屋にたどり着いた。
漁師が使っていたらしい木造の小屋は、もう何年も人が住んでいない様子だった。
扉は半分外れかけ、窓の板は打ち付けられ、屋根の隙間からは西日が差し込んでいる。
「中を確認する。足元に気をつけろ。床が傷んでいる」
クライトを先頭に、四人は慎重に中へ入った。
埃っぽい空気。破れた漁網。錆びた銛。転がった樽。隅には崩れかけた棚があり、割れた瓶が並んでいる。
「セレナ、そっちの奥は僕が見るよ。床が抜けそうだから」
「じゃあ私は窓のほうを見るね」
アルマとセレナが二手に分かれる。クライトは扉の脇で、外と中の両方に気を配っていた。
フレンダは、奥の棚へ向かった。何か、手掛かりはないか。王子に繋がるものは。
ゲームでは、この小屋のことは描かれていなかった。だからこそ、何かあるかもしれない。
一歩、踏み出す。
めきっ。
足の下で、嫌な音がした。
「え」
床板が、割れた。
片足が床下へ沈み、体が大きく傾く。視界がぐるりと回る。目の前に迫ってくるのは、錆びた銛の束が立てかけられた、棚の角――。
(あ、これ、まずい)
ぎゅっと目をつぶった、その瞬間。
ぐい、と腕を引かれた。
次に感じたのは、硬くて、温かいものだった。
恐る恐る目を開ける。視界いっぱいに、騎士科の制服の、濃紺の布地が広がっていた。
「……っ、」
頭の上から、短い息遣いが聞こえる。
フレンダは、クライトの腕の中にいた。
片腕で腰を抱き寄せられ、もう片方の手が、銛の束と自分の頭の間に差し込まれている。
床下に沈みかけた足は、いつの間にか引き抜かれていた。
どくん、どくん、と。
耳元で鳴っているのは、自分の心臓か、それとも押し付けられた胸の向こうの音なのか、わからなかった。
「……怪我は」
低い声が、すぐ真上から降ってきた。
「な、ない、です……」
「足は」
「だ、大丈夫……です……」
クライトは、ゆっくりとフレンダの体を床の確かな場所へ下ろした。それから、ほんの少しだけ眉を寄せて、彼女を見下ろした。
「……床が傷んでいると、言った」
「す、すみません……」
「……軽いな」
「えっ」
「もっと食え」
それだけ言うと、クライトは何事もなかったかのように背を向けた。銛の束と頭の間に差し込んでいたほうの手を、軽く振りながら。
その手の甲に、うっすらと赤い擦り傷ができているのを、フレンダは見てしまった。
「フレンダ! 大丈夫!?」
セレナとアルマが駆け寄ってくる。フレンダは「だいじょぶ!」と叫びながら、熱くなった頬を両手で押さえた。
(違う、違う違う! 今のは、今のはただの事故! ていうか今のポジション、本来ならヒロインのイベントでしょ!? なんで友人枠の私が受け止められてるの!?)
ふと気づくと、セレナが口元に手を当てて、にこにことこちらを見ていた。その隣で、アルマもどこか微笑ましそうな顔をしている。
「……な、なに?」
「ううん。なんでもないよ、フレンダ」
セレナは楽しそうに笑った。それは、フレンダがいつもセレナとアルマに向けている笑顔と、まるで同じ形をしていた。
結局、小屋からは何も見つからなかった。
◇
日が沈む頃、四人は港の近くの宿へ戻った。
一階の食堂では、すでにガルドの二班が待っていた。
レオンが「おかえり! 怪我ないか!?」と飛んできて、一人ずつ腕や肩を確かめていく。
クライトの手の甲の擦り傷を見つけると、「隠したら怒るって言っただろ!」と本気で怒り出した。
「……で、そっちはどうだった」
魚のスープと黒パンが並んだ卓を囲んで、ガルドが口を開いた。
クライトが、首を横に振る。
「倉庫街と旧漁師町、一通り回った。手掛かりはない」
「こっちもだ」
ガルドが、深く息を吐いた。
「西の船着き場も、岬の洞窟も空振り。聞き込みでも、子どもを連れた怪しい連中を見たって話は出てこなかった」
「入港記録とも照らし合わせましたが、不審な船は見当たりません」
ノアが眼鏡を押し上げる。ジークが黒パンを乱暴にちぎった。
「……ひと月以上探して見つからないんだ。初日で見つかるわけないだろ」
口調はとげとげしかったが、その声には悔しさが滲んでいた。
「ジークの言う通りだ。焦るな」
ガルドが立ち上がり、外套を手に取った。
「今夜は俺と駐屯地の騎士で港を回る。お前たちは休め。明日も早いぞ」
「ガルドさん」
クライトが呼び止めた。
「倉庫街で、屋根の上に人影を見た気がした。確証はない」
ガルドの目が、すっと細くなった。
「……わかった。覚えておく」
扉が閉まり、ガルドの足音が夜の石畳に遠ざかっていった。
◇
その夜、フレンダは眠れなかった。
宿の二階、セレナと相部屋の窓辺に腰掛け、暗い海を眺める。月が、黒い水面に細い光の道を引いていた。
隣のベッドでは、セレナが静かな寝息を立てている。
(今日は、たくさん見られた。アルマの照れた顔。セレナの無防備な顔。推しカプの供給、過多)
思い出して、少しだけ口元が緩む。
けれど、すぐにその笑みは消えた。
屋根の上の人影。思い出せないゲームの場面。
(大丈夫。まだ序盤。まだ時間はある。それまでに、もっと強くなって――)
窓の外、港の暗がりで、何かが動いた。
フレンダは目を凝らした。
灯りを消した一隻の小舟が、波間を滑るように、岬のほうへ向かっていく。漁に出る時間ではない。月明かりの下、舟の上に、いくつかの人影がうずくまっているのが、かろうじて見えた。
そして、そのうちのひとつが、まるでこちらの視線に気づいたかのように、ゆっくりと宿の窓を振り仰いだ。
フレンダは、反射的にカーテンの陰へ身を引いた。
心臓が、うるさいほど鳴っていた。
もう一度そっと覗いたとき、小舟の姿は、どこにもなかった。
黒い海が、何事もなかったかのように、静かに波を寄せているだけだった。




