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5、五番目のヒロインは真実を求める

『あなたは五番目のヒロインに選ばれました』


 真っ白な空間に声が響く。


「……何、ここ。それに、どこから声が……」


 何も無い空間でただ一人。黒髪をポニーテールに束ねた少女が、辺りを見回して、声の主を探す。


『名前を教えてください』


 再び声が響く。相変わらず、辺りには誰もいない。その声は、姿が存在しないのだと悟った彼女は、不服そうに目を細めながらも、素直に名前を告げた。


「……アリサ」

『アリサ、登録完了。セーブします』

「……この声……『ヒロごと』のナレーターね。聞いたばかりだから覚えてる」


 アリサは、死の直前まで『ヒロごと』をプレイしていた。彼女からしたら、ついさっきまで聞いていた声だ。『セーブします』なんて音声は、何十回も聞いてきた。


「声だけの存在なんて意味がわからないから、後半に隠しキャラとして登場するだろうって思ってたのに……本当に声だけで出番終了とか、有り得ないでしょ……そういう神的な存在って、物語のキーパーソン的な役割果たすんじゃないの? 思い出すとまたモヤモヤしてきた……」


 彼女は疑問が疑問の残ることが嫌いだ。勉学においても、文学においても、ゲームにおいても。謎は必ず解き明かしたいし、分からないことを曖昧な状態で放置はしたくない。


『何もせず、ただヒロインを天から見守る存在。そして、必要とされた時に声を出す。そういう役割。ただ、それだけの存在。それ以上でも以下でもありません』

「なるほど……あまり、楽しい役ではなさそうね」


 独り言のように文句を垂れていたが、ナレーターの耳には届いていたらしい。彼(?)の存在に深い意味はない。その事実が分かり、アリサは納得したように顎に手を当てて頷きつつも、少し同情するように天を見上げていた。


『これより、アリサを『転生ヒロインの願い事』の世界へ送ります』

「世界へ送る? 何を言ってるの。説明不足よ。一から説明しなさい」


 徐々に真っ白の空間が色を持ち、歪み始める。アリサは辺りを見渡すことなく、ずっと天を見上げていた。『ナレーター』に話しかけるために。


『あなたは五番目のヒロインに選ばれました』

「それはさっきも聞いた。それ以外の情報を頂戴。何で選ばれたの? 死んだから?」

『願うことと、死ぬこと。それがあの世界に繋がる条件です』

「願うって……あぁ、ゲームの最後に聞かれたっけ。あなたの願いはーって……」


 願いと死。それは「転生ヒロインの願い事」でも、重要なキーワードである二つだ。願い、死ぬことから物語が始まり、死に、願うことで物語が終わる。しかし──


「私、何か願ったっけ。急いで画面を切った覚えはあるけど……その時にボタン押したとか? ……意識が曖昧だったし、記憶が抜けてる可能性もある、か……」


 アリサは願った覚えがなかった。死ぬ間際のことだ。記憶が曖昧だったとしても仕方ないこと。


(仕方ないこと、だけど……確信はできない。この空間に飛ばされる前のことなんて、ナレーターは知らないだろうし、自力で思い出すしかないか)


 疑問があるなら、解決する。それが彼女の生き方。アリサは自分の願い事を思い出すことを決意した。


『まもなくヒロインとして転生します』


 歪んでいた空間が、形を持ち始める。そこには、『ヒロごと』の世界にある城や教会が形成されていた。


「へぇ……つまりは、本当に転生ヒロインになっちゃうってわけね」


 自身の置かれた状況を理解した今、悩む理由はない。現状を受け入れ、残っている謎を解明するために進むだけだ。


「ゲームの結末は私の性に合わなかったけど、ヒロインのビジュアルは滅茶苦茶可愛いし、ちょっと楽しみかも」


 全てバッドエンドでした。めでたしめでたし……なんて結末、アリサは許せなかったが、転生すると決まったからには、どうせなら楽しみたい。十八歳で命を落とした彼女にとって、やり残してきたことは、あまりにも多かったから。


(……? でも、あのヒロインの名前は『シアン』で固定だったはず。なんで私の名前を聞かれたんだろう?)


 疑問に思いながら、彼女は『転生ヒロインの願い事』の世界へと旅立った。


 ◇ ◇ ◇


「……ん」


 アリサは一人、目を覚ました。

 そこには煌びやかな世界──ではなく、薄暗く、錆臭い世界が広がっていた。


「あれ、確か自室のベッドで起床スタートじゃなかったっけ……ここ何処? 路地裏みたいな……」


 アリサの見知っている始まり方ではなく、首を傾げる。とりあえず、起き上がろうと手を地面に着いた時、冷たいものが指先に触れた。


「……ナイフ……それに、よく見たら血だらけの服……」


 手に触れたものはナイフだった。立ち上がってよく見てみれば、彼女の服はボロボロの布切れのようなもので、乾いた血が至る所に付着していた。錆びた臭いは、彼女自身から発生していたようだ。


「も、もしかして、誰か殺っちゃった後!?」


 自身に傷はなく、服が血だらけの様子から察するに、誰かを殺した後の返り血。予想していない事態に、アリサは一瞬顔を青くしたあと、一度深呼吸をする。


「落ち着きなさい。大丈夫。冷静さを忘れては駄目よ。シアンは温厚で他人思いの子だから……誰かを殺すなんてありえない」


 シアンは善人だ。優しく、人々を愛し、日々の努力を怠らない。聖女の鏡のような人物。

 転生者の魂が入った後は、選択肢次第で自堕落だったり、身勝手だったりするヒロインが爆誕することもあるが、人を殺すような展開はない。ましてや、虫も殺さないような元々のシアンが殺人を犯すなど考えられない。

 アリサは緊張するように立ち上がり、改めてシアンのことを思い出すように自身の姿を見つめる。


「ヒロインのシアンは腰まであるふわふわの金髪……じゃないわね。黒髪?」


 まず見つめたのは自身の髪の毛。背中に当たる髪を手に取ってみると、そこにあったのは光ような金髪ではなく、闇のような真っ黒な髪だった。長さも腰ほどはなく、胸の下程度。ふわふわでもなく、ストレート寄りだ。


「海のように透き通った碧眼…………でもない……」


 落ちていたナイフを鏡代わりにして、自身の顔を見る。そこに映ったのは、碧眼ではない。


「……まるで、燃え盛る炎ね」


 紅蓮の炎のような赤い瞳。アリサはそれを見て苦笑した後、頭を抱えた。


「私の知ってる金髪碧眼のヒロインは!?」


 その姿は、どこからどう見ても、ヒロインのシアンではなかった。


「黒髪赤眼も可愛いけど。どちらかと言うと悪役寄りの感じがする……え、本当に誰が殺してたり……」


 近くにあった窓ガラスまで行き、もう一度自身の姿を見てみる。上品な聖女らしさなど皆無。顔は煤だらけで、髪もボサボサ、身体も痩せ細っている。貧しさの塊のような女が、そこに立っていた。


「というか、こんなキャラクター、ゲームに登場した……?」


 アリサの記憶では、この姿をしたキャラクター自体、『ヒロごと』には登場していない。転生先の世界を間違えたのではないかと、彼女は天に語りかける。


「ナレーター、ナレーター! 私、ヒロインじゃないわよ! 聞こえてる、ナレーター!! この姿は誰? 何者?」


 しかし、返事は返ってこなかった。アリサはナレーターを頼りにすることを諦め、路地裏から出て、辺りの観察を始めた。


「とりあえず、状況把握をしないと。仮にここが『ヒロごと』の世界だとして……ここは貧民街ってところね」


 アリサは、一旦、ここを『ヒロごと』の世界だと思うことにした。情報がなければ、分からないことはいくら考えても分からない。だからといって、何も考えずに彷徨い歩くことは、彼女の性に合わない。まずは仮定して進み、正しい答えを探すことにした。


「貧民街はゲームには登場していない。その理由のひとつとして考えられるのは、「①貧民街が存在しないから」。だとすれば、ここは『ヒロごと』の世界ではない」


 ナレーターの声が聞こえない今、頼りになるのはゲームの知識のみ。単純に答えを出すのであれば、ここは『ヒロごと』の世界とは異なる世界。

 しかし、貧民街がゲームに登場していない理由はもうひとつある。


「「②ヒロインが聖女で教会にいることが多く、行動範囲が狭かったから」。攻略対象も王族と騎士だしね」


 ゲームにおいて、貧民街という土地自体が、進行に必要のない要素として省略されていた可能性もある。乙女ゲームはあくまでもヒロインの為の物語。不必要な部分まで描く必要はない。


(情報が不足しているから、どっちも仮定にすぎない。何か、確証が得られることがあれば……)


 顎に手を当て、思案しながら歩いていると、頬を何かが掠めた。


「……? 石……?」


 地面に鋭い石が転がる。アリサは頬から血が流れていることは気にせず、石の飛んできた方に目をやる。


「ど、どこかに行って!」

「いつまでここに居座るんだ……は、早く消えてくれ!」


 そこには、アリサ同様にみずぼらしい姿をした人達が複数人立っていた。石を投げる大人の後ろには、震えている子供たちの姿もあった。


(……とりあえず、私が嫌われ者ってことは理解したわ。こんな血だらけの服だし、怖がられるのも当然か。それにしても……)


 アリサは周囲を見渡す。

 枯れた畑、壊れかけの家、骨のように痩せている人々。ただし、川に水は流れていた。


「畑と水はあるみたいだし、作物を育てることができれば、多少なりとも豊かになりそうだけど……」


 住んでいる住民が少ないからか、土地は有り余っているように見えた。畑や家が存在しているのを見るに、昔は栄えていた土地だったのかもしれない。


「……土と水だけで、何か育つなら苦労はしねえよ……」

「なるほどね。現状を理解したわ。説明ありがとう」


 アリサの言葉が気に触ったのか、男が舌打ちをしながら呟いた。それを聞き、アリサはこの土地に不足しているものを理解する。


「野菜や果物の種や苗……どこかの売れ残りとか、貰えたりしないのかな。売れ残って、腐って処分して燃やすくらいなら、貧民街にあげた方が効率的じゃない?」


 そう、口にした時だった。

 アリサの赤い瞳が光り、それに反応するように頬を流れていた血が地面に落ちる。

 その直後、目の前には多くの苗や種があった。どれも元気な状態とは言い難いが、水を与えれば復活するものもありそうだ。


「え……」

「…………しょ、召喚魔法……!?」

「召喚だと!? 黒の魔法の!?」

「黒といえば、白の次に希少な……」


 アリサが目を丸くしていると、辺りの住民たちが大きくざわついた。


(黒、白、魔法……あぁ、そっか。やっぱりここは、『ヒロごと』の世界ね。これで、確信した)


 そんな住民たちの反応を得て、ようやく彼女は確信した。この世界が紛れもなく『転生ヒロインの願い事』の世界だということを。


(この世界には魔法が存在する。炎や熱を操る能力の朱(あか)の魔法、水や自然を操る能力の蒼(あお)の魔法、移動や召喚能力を持つ黒の魔法、そして治癒や浄化能力を持つ白の魔法……)


 ゲーム内でも説明されていた魔法の存在。最も希少である白の魔法を使える者は、ヒロインのシアンしかいない。その白の魔法が使えるからこそ、聖女として称えられている。


(黒の魔法も強力で希少な存在。でも、例え黒の魔法を使えても、好んで使う人はいない。その理由は……)


 まるでアリサが考えていることを読んだかのように、空の方から声が聞こえる。


『黒の魔法の発動は、自身の血液を要する。故に、自ら使いたがる者はいない』


 それだけ言い、再び黙り込む天の声。アリサは太陽の見えない曇った空を睨みつける。


(あのナレーター、説明の時だけ喋りやがって…………いや、違う。そういう時しか、声を出せない……?)


 ナレーターはお助け要員ではない。ただ、ヒロインを見守る存在。感情すら持たないのかもしれない。ともあれ、今はそんなナレーターに腹を立てている暇はない。

 アリサは山のようにある種や苗を指さし、住民たちを見渡す。


「それ、全部あげる。だから、一緒にこの地を発展させよう」

「あ、あなたは一体……」

「アリサよ」


 困惑する住民たちに、アリサは告げる。自分が、これからやろうとしていることを。


「私はアリサ。貧民街を豊かにしたいと思ってる」


 この土地を豊かにすること。それが、今のアリサの目標だ。


「何故……」

「何もしないで突っ立っているより、効率的だからよ」


 まだ警戒心を解かない住民たちのことなど気にせず、アリサは自身の為すべきことだけを考える。


(何をすればいいのか分からない状況。それならまずは、私にできることをやる)


 こんな土地でやれることなんて限られている。そして、自分には能力があり、図らずも種や苗を召喚してしまった。それなら、それを使う他ない。畑はある。水はある。人手もある。信頼はされていないが、人間関係なんて、これから変えることができる。


「生まれによる貧富の差は仕方ない。だけど、そんな生活に慣れてしまったら、憧れを忘れる」


 一人じゃ土地は変えられない。そんなことは分かりきっている。だから、彼女は貧民街の住民に協力を求めた。


「何も為さなければ、何も変わらないわよ。せっかく何でもできる自由があるんだから……未来のある楽しい生活、したくない?」


 そう語りかけると、住民たちの表情が少しだけ明るくなった。彼らだって夢見たことがある。豊かで笑顔の溢れる幸せな未来。実行する勇気も、気力もなく、とうの昔に諦めていた、そんな未来。


「……したい……したいさ!」

「俺も!」

「私も!」

「僕も! 僕、おなかいっぱいご飯食べたい!」

「私、街でお買い物をしてみたい!」


 あちこちから声が上がる。後ろで隠れていた子供たちも、前に出てきては、手を挙げて、思い思いの望みを叫んでいた。


「だけど……」

「「だけど」は禁止よ。今は、為そうとする気持ちがあるのかを聞いてるの」


 大人たちは現実を理解しているからこそ、後ろ向きだ。子供たちのように簡単に未来を語れない。しかし、彼らの反論をアリサは受け付けない。行動しない言い訳を聞くつもりはないから。


「諦めなければ、結果は必ずついてくる……なんてのは綺麗事だけど、心を折らずに行動すれば、ゼロだった可能性が1になる」


 何も為さないゼロよりも、何かを為そうとする一歩の勇気。その後押しをするのに、彼女は微塵も迷わない。


「始めるわよ! 貧民街再開発計画!!」


 わぁーっと生気の溢れた歓声が上がる。

 この土地に足りなかったのは、種や苗だけじゃない。行動し、協力するという勇気だ。


(『転生ヒロインの願い事』……。ハッピーエンドが存在せず、必ずバッドエンドに辿り着いてしまう絶望的なゲーム……)


 早速行動し始める彼らを見ながら、アリサは今一度、このゲームの結末を思い出す。どの結末でもヒロインのシアンが死ぬという未来のない結末。

 アリサはシアンとして転生していないし、聖女の能力である白の魔法は使えない。使えるのは黒の魔法だ。展開は既に狂い始めている。それでも、きっと、バッドエンドは変わらない。


(このままお決まりのバッドエンドに辿り着いて二度目の人生終了なんて、冗談じゃない)


 アリサは自身の腕に巻かれていた白いスカーフを外す。

 薄暗い地に、風が吹く。

 黒く長い髪を束ねながら、彼女は燃えるような赤い瞳を輝かせる。


「……ハッピーエンドがない? それなら、トゥルーエンドを目指すだけよ」


 ポニーテールに束ねた髪をなびかせ、彼女は少しだけ顔を見せ始めた太陽を見る。そして、天に声を届けるように叫んだ。


「いいよ、やってやろうじゃない。絶望だらけのこの世界の真実、必ず突き止めてみせる!」


 それが、アリサの最終目標。

 絶望的なバッドエンドや楽観的なハッピーエンドは望まない。五番目のヒロインに選ばれた彼女は、全ての謎を解き明かし、その先にある真実を求める。


「トゥルーエンド主義者の名にかけて……ってね!」


ここまでお読みいただきありがとうございます!主人公の登場、お待たせいたしました。


週一程度の不定期更新を予定しています。間が空く期間もあると思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

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