6、協力者の召喚
「……よし。段々、魔法の使い方が分かってきた」
アリサは貧民街の空き家を借りて、魔法の特訓をしていた。
黒の魔法を使うには自身の血液が必要。その時点で使用を諦める者が多い中、彼女は躊躇なく自身の指先を傷つけていた。
「普通、黒の魔法には血液が必要って話だけど……私の場合、『近距離のものを手元に召喚する』とかなら血液は不要。逆に『この場から別の場所に移動させる』という移動魔法には血液が必要。『遠距離のものを召喚する』場合も血液は必要ね」
アリサはただ意識を集中させるだけで、空き家の外に咲いていた花を手元に召喚した。そして、指先についた血液をその花に付けて魔法を使えば、花は外に移動した。
「魔力には個人差がある。例えば炎の能力を持つ朱の魔法でも、物を焼き尽くす強大な炎が出せる人もいれば、ロウソク程度の炎しか出せない人もいる……って考えると……この身体の持ち主は相当才能のある子だったんだろうな……」
自分自身の身体で試しながら、アリサはゲームの設定の復習もしていた。『魔力に差がある』というのは、ヒロインのシアンの設定で散々説明されていた。シアンは歴代の聖女の中でも特に優れた能力を持っている。瞬時に怪我や病気を治癒できる聖女は今までにいなかった。だからこそ、周りの人達の過保護が過ぎ、いつも教会の中に閉じ込められていたのだと。
「だけど、転生者の魂が宿った後は、周りの心配を無視して外を出歩くようになる。特に第一王子のカロンは、脱走癖があったようで、一緒に街で遊んだりするんだっけ」
繰り返すが、このゲームのヒロインは転生者だ。元のシアンとは中身が全くの別人。ヒロインは狭い世界で生きることを拒み、攻略対象との仲を発展させていくのだ。
(シアン……今も転生者の魂が宿ってるのかな? それとも、元々のシアンのままで生きてる……? シアンが死んでなかったから、私は別の死人の身体に魂が宿った……?)
謎は増えるばかりだ。
そしてシアンのこと以前に、アリサは自分の身体の持ち主ことも何も分からない。
(……幸せじゃなかったことは、流石に分かるけど)
アリサは自身の右腕を見る。そこには、深い傷跡が残されていた。まだ新しい傷のようで、少し触れば、すぐに傷が開きそうだ。
「なんで腕にスカーフを巻いてるのかと思ったけど……この傷を隠してたんだろうね」
アリサが髪に束ねるのに使っているスカーフは、元はその腕の傷跡の上に巻かれていたものだ。出血自体は止まっているし、傷を隠すか、保護するために腕に巻いていたのだろう。
(貧民街だと、別に傷跡なんて珍しいものじゃない)
周りの住民を見ていても、痣や切り傷、火傷跡など、怪我をした痕跡がある者は少なくない。暴行が原因で、ここに逃げてきたという人達だろう。
実際、アリサが腕の傷を晒していても、気にするような住民は誰もいなかった。むしろ綺麗な身体をしている人の方が少ない土地だ。
(それなのに隠していたって事は、この傷に何か嫌な思い出でもあるのかも)
自身がその傷を見たくないからスカーフを巻いていた、というのであれば納得いく。第一、傷に良い思い出を抱く人の方が少ない話ではあるが。
「……もうこの身体は私のものだし、こんな傷跡のことなんて、気にしなくていいか……」
そう呟いて、アリサは魔法の特訓を再開した。
◇ ◇ ◇
「アリサか! 魔法の特訓は順調か?」
アリサが畑へ行くと、切磋琢磨と畑を耕す男性たちや、苗や種を植える女性、水を与える子供たちで溢れていた。
アリサがここに来て数日。住民は着々と絆を深め、こうして皆で協力するようになっていた。
「それなりに。畑の方も順調ね」
「あぁ! アリサが食いもんを召喚してくれたおかげで、動ける元気も出たからな」
「残り物でも、栄養は取れるからね」
アリサは定期的に召喚魔法を使い、各所の残飯を召喚していた。痛む直前だったり、失敗作だったりで処分されているパンが中心だったが、中には、一切手をつけていない食事もあった。恐らく、貴族が食べずにそのまま捨てているのだろう。
「子供らも喜んでるし、まさかこんな光景が見られるとはな……」
視線の先には、ボロボロのバケツやジョウロで水を掛け合って遊ぶ子供たちがいた。楽しげに笑う姿を見て、アリサは自然と頬をゆるめる。
「そういえば、この貧民街に蒼の魔法を使える人はいるの?」
「そんな奇跡の魔法が使えてりゃ、働けてるさ。ここの住民のほとんどが『魔力無し』で、数人が朱の魔法を使える程度だよ」
蒼の魔法は自然を操る。上手く使いこなせば、一瞬で作物を成長させることもできるだろう。
そして、魔法は全員が全員使えるわけではない。むしろ使える人の方がレアケース。一般的には、魔力無しと呼ばれる人の方が多い。
(攻略対象でも、確かカロンは魔力無しだったよね。反対に弟のエドウィンは朱と蒼の二種類が使える激レアケース。ノアは蒼の魔法……)
そんな設定はあれど、ゲーム内ではあまりは活用されることはなかった。結局は、「ヒロインのシアンは攻略対象よりも凄い力を持っている」ということを引き立たせるための雑な設定に過ぎない。
「それじゃ、コツコツ育てますか。効率的に作物を育てるには、まずは肥料も大事ね」
アリサはポケットからナイフを取り出し、自身の掌を切る。雑な考えで作られた設定だとしても、せっかく魔法の力を得たのだから、使わなければ勿体ない。
彼女が魔法を使った直後、異臭が漂い始め、場にいるものたちが顔を歪める。
「うっ……酷い臭いだ……」
「アリサさん、それは……」
「見ての通り、生ゴミよ。城や街の焼却炉から使えそうなものを召喚したの」
「召喚って、そんなに正確な場所とか選べるもんなのか?」
「分からないけど……ちゃんと思い浮かべた通りの場所に繋がってる感じはする」
彼女は窃盗はしたくない。それは自身の正義感に反することだから。だから、いつもゴミとして捨てられているものをこの場に召喚していた。
『本来であればそんな都合の良い魔法ではありません。それは、その身体の持ち主の才能であり、ヒロインであるあなたの特権です』
ナレーターが、アリサの魔法について説明する。
(ヒロイン、ねぇ……)
アリサは『ヒロごと』のヒロインの身体は得ていない。続編のヒロインの可能性も考えたが、そもそもこのゲームは続編が出ていない。
(……ナレーターなら、この身体の持ち主のことも知ってるのかな。いろんな話を聞いて、話し合いたい。だけど、向こうも向こうで、思うように話せないっぽいのが、非効率的なのよね……)
ナレーターの声が聞こえるのは、設定の説明が必要な場合のみ。アリサが欲しているのは、意見を出し、話し合うことができるよう相談相手だ。説明しかしない義務的な相手など望んでいない。
「いっそ、この場で直接話せれば──……」
掌の切り傷を眺めながら、アリサは閃く。話すことができないなら、話せるようにすればいいのだと。
◇ ◇ ◇
「さてと。始めますか」
夜、アリサは空き家で一人、上空を見上げていた。
「聞こえてる? ナレーターさん、今からあなたをここに召喚するわ」
いつものナイフを持ち、アリサはナレーターに語りかける。
『不可能です』
「血液は大量に使う。大きな存在を召喚するなら、代償も大きい方が良いだろうからね」
『不可能です』
「魔法の発動に重要なのは集中力。あいにくと、それは私の得意分野なの」
『不可能です』
「だから、安心して身を任せなさい」
『……不可能です……』
返ってくるのは義務的な返事。アリサは負けじと語りかけ続ける。すると、長い長い沈黙の後、ナレーターの声色が変わる。戸惑ったような、期待しているような、そんな感情が垣間見える声。
『……そんなこと、できるわけが、ない……』
「やっぱり、感情があるみたいね」
アリサは半ば予想していたように口角を上げた。
「本来、名前も声も姿も登場していないモブキャラが感情を得たんだもの。ナレーターに感情が芽生えていてもおかしくはない」
アリサはガラス窓に映る自分の姿を見つめた。『転生ヒロインの願い事』では登場もしなかったモブキャラ以下の存在。ここの住民たちもそうだ。本来、存在しなかったものたちが、会話をし、生活をしている。
それならば、「声」が存在していたナレーターにだって、何かしらの変化が起きているはず。そう睨み、アリサはナレーターの召喚を試すことにした。
「予備知識を説明するだけのナレーターなんて不要よ。私に必要なのは、私をサポートしてくれる協力者」
一人では土地を変えられないから、住民を頼った。その時と同じだ。一人ではこの世界の真実に辿り着けない。だから、彼女は協力者を求めた。アリサが転生者であることを知り、誰よりもこの世界に詳しい協力者を。
「天の声だかナレーターだか知らないけど……私にはあなたが必要。だから!!」
ナイフで自身の腕を切り裂く。元々あった傷跡に重なるように、否、それ以上の傷となるように。その傷は開き、大量の血が流れる。
彼女は紅蓮の瞳を輝かせながら、叫んだ。
「──此処に来い!!」
目を開けていられないほどの光が、空き家中を輝かせる。当然アリサも目を閉じ、その輝きが治まるのを待った。
「……成功したみたいね」
目を開けた時、腕から流れていた血は全て消え、代わりに一人の男が立っていた。
「……無茶苦茶だ……」
天から聞こえていたナレーターと同じ声。
アリサの黒の魔法によって、姿を持たなかった存在がそこに召喚された。人の形を得て。
銀色の髪を持つ男は、初めは有り得ない状況に混乱していたが、やがて窓の外を見た。どこまでも広がる夜空見て、琥珀色の目を潤ませる。
「……自由──……」
たった一言。その一言が、アリサの心を強く揺さぶった。従ってばかりで自由のない生活は、彼女にも覚えがあったから。
「──力を、貸してくれる?」
アリサは問い掛けた。強制しないように、彼自身が選択する答えを待つ。
「──あぁ。生涯、ヒロインの……いや、アリサの力になる」
敬意を宿し、アリサを見る真っ直ぐな瞳。彼の答えを聞き、アリサは手を差し出す。
「これからよろしくね、元ナレーターさん」
その手の意味を少し考えた後、元ナレーターは自身の手をゆっくりと重ねた。アリサがその手を握り、二人は握手を交わした。
アリサは差し出した右手よりも少し手前を見る。そこには、先程、彼女自身で切り裂いた傷があった。
(これで、この傷は私のものになった)
元々はスカーフで隠されていた腕の傷跡。恐らく暗い思い出が宿っていたその傷跡は、アリサによって上書きされた。
(どこの誰かも分からないこの身体の持主さん。嫌な思い出なんて、忘れていいからね)
今の彼女の身体に残るのは、協力者を召喚したという新たな傷口。
未来のための前向きな傷を残し、アリサは強かに微笑んだ。




