4、四番目のヒロインは絶望を希う
もし、わたくしがこの世界に行ったら。
『絶望する人達を間近で見たい』
そう願った少女は、燃え盛る炎の中で死に至った。
◇ ◇ ◇
「バ、バッドエンドの世界……!?」
長い金髪に透き通った碧眼の瞳を持つ少女は驚愕していた。
「願いが、叶ってしまいました……」
彼女はいろんなゲームの結末を思い出す。その中でも、乙女ゲームは詳細まで描かれたバッドエンドが多く、それを見る度に心が踊っていた。
「ハッピーエンドなんて退屈でつまらない。バッドエンドこそ至高です!」
そんな彼女にとって、バッドエンドしかない『ヒロごと』の世界に来られるなんて嬉しいことこの上ない。
その日から、目の前の絶望を夢見るヒロインの破天荒な生活が始まった。
◇ ◇ ◇
「あの、カロン様。つかぬ事お伺いしますが……」
「ん?」
「何があると、絶望しますか?」
「エドウィン様! 今日もお部屋にこもっていますね」
「だから何だ?」
「たまには外に出て、最悪な事件などに巻き込まれてみてはいかがでしょう?」
「ノア、見てください!」
「はい……?」
「わたくし、紙で指を切りました! 守れなくて悲しいですか? 絶望しますか?」
初めは戸惑っていた攻略対象たちだったが、毎日のようにそんなやりとりをしているうちに、素直過ぎる彼女に対して、徐々に気を許すようになっていった。
彼女は聖女としての責務はきちんとこなし、勉学にも励んでいる。そして気品溢れる優雅な立ち振る舞いは、国民に評判だ。あまり器用ではないのか、特に勉学に関しては上手くいかない事の方が多い様子だったが、怠けることなく、毎日励んでいた。
やがて彼らは、彼女を心から信頼するようになった。
「あいつは……国民の前だとあんなにも完璧なのに、なんで俺たちの前だとあぁなるんだ……」
茶会の席で、エドウィンは大きなため息をつく。
「私は愉快で良いと思うけどな」
「兄上、甘やかさないでください! ノアもあの馬鹿な聖女に何か言ってくれ」
「シアン様が楽しく、笑顔でお過ごしになられるのが一番かと」
「はぁー……」
誰にでも平等に優しいカロンと、シアンには一切反抗しないノア。二人の甘やかし具合に、エドウィンは毎度呆れていた。
二度目のため息が漏れた時、軽やかな足音が聞こえてきた。
「皆様、お集まりですね! 遅れて申し訳ございません。治療をした方に何度も何度も感謝を告げられて、中々離れられず……」
「だからって、護衛騎士に「先に茶会に行って座ってろ」って言うか……?」
「言いました! ノアも了承しましたよね?」
「はい。シアン様の指示ですので」
「いやいやいや……」
「ははっ! 良い関係性のようで何よりだ」
足音の正体は、シアンだった。彼女は空いた席に着き、用意されていたお茶菓子を早速楽しんでいる。
シアン、カロン、エドウィン、ノア。四人で茶会を行うことは、いつの間にか日課となっていた。
「さぁ、今日のテーマは『絶望的な状況』についてです! 是非、皆様の意見をお聞かせください!」
一通り茶菓子や会話を楽しんだ後、シアンがぽんと手を叩いた。その碧眼は期待に満ちた色をしていた。
真っ先に反応したのは、カロンだ。
「私はもちろん、民の不幸だ。民あってこそ、この国がある。病や事件で死ぬ者を見たくはない」
カロンにとって、国民は自分の命以上に大切な存在。それは第一王子としての責任感からではない。彼自身が国民を何よりも愛しているからだった。
「そうですね、民は大事です。お怪我をされてる方は出来る限り治していますが、病に伏せて、教会まで来れない方も多いと聞きます」
「あぁ……特に貧民街に住む者たちをどうにかしたいな……」
「貧民街、ですか。わたくしは立ち入り禁止の区域ですから、お力になれるかどうか……」
「……あぁ、私も禁止されている」
この国は豊かで恵まれている国ではあるが、決して全てではない。貧民街と言われる土地も存在する。働き口を無くした者や、悪さをして居場所を無くした者、家族に捨てられた者……そんな人たちが行き着く場だ。
何とかしなくては、という気持ちはあるが、治安の良くない土地なため、王子であるカロンや、聖女のシアンは立ち入ることを禁じられていた。
「全く、どうしたものか……これぞ、絶望的な状況だな」
「まぁ! つまり、カロン様はもう絶望しているということですか。なんて素晴らしいことでしょう!」
シアンが感激の声をあげて、小さく拍手する。二人の貧民街に対する思いを聞き、冷静に今後のことを考えていたエドウィン。しかしシアンの最後の言葉のせいで、本日三度目のため息をついた。
「「全く」、なのは兄上たちです。なんでそんなテーマで話が続くんですか……」
呆れるエドウィンには目もくれず、シアンは右隣にいるノアの顔を覗き込む。
「ノアはどうです? 暗い気持ちになることってありますか?」
「わたくしは……そうですね。シアン様が行方不明になる……そんな状況だと、自分の不甲斐なさに絶望するかもしれません」
「なるほど。それでは今度一緒に隠れんぼでもしましょう! わたくし、得意なんですよ!」
「構いませんが……教会内に限定してくださいね」
「はい!」
こんな変わり者の聖女に対しても、ノアはいつだって冷静だ。それでもどこか表情が柔らかく見えるのは、シアンが今日も変わらず楽しそうに笑っているからだろう。
「エドウィン様は? エドウィン様はどうですか?」
「……付き合ってらんねえ……」
そう言いながらも、エドウィンはこの茶会を断ったことがない。突飛な会話に呆れることは多いけれど、こうして四人で平和なひと時を過ごすのが好きだった。
「わたくし知ってます! お茶会をする日、エドウィン様が一番うきうきしてらっしゃるってこと!」
「な……なんで……」
「カロン様に聞きました!」
「あぁ、教えた。エドはよく、侍女たちと茶葉や菓子を選んでくれてるよ。センスが良いと褒められ、誇らしげにしていた」
「あ、兄上!!」
まさか兄にそのことを知られているとは思わず、エドウィンの顔はみるみるうちに赤くなった。そんな彼のことを、シアンとカロンはにこにこと微笑ましそうに眺めている。
「……そりゃ、まぁ……せっかくの茶会なんだから……兄上や友人と楽しみたいし……」
赤い顔から零れる素直な言葉。『友人』と聞いた瞬間、シアンが興奮したようにその場に立ち上がる。
「お友達! わたくし、お友達はじめてです! 何をすればいいんでしょうか?」
「……茶会とか?」
「まぁ! それならわたくしたち、もうしています! つまり、とっくにお友達!」
国の第一王子、城にこもりがちな第二王子、寡黙で聖女最優先の騎士、希少さ故に距離を置かれがちな聖女。立場や性格上、友人が少ない面々。普通の友人が、日々何をして楽しんでいるのかは知らない。けれど、こうして茶会に集まり、話を交わすことができるのは、紛れもなく友人の証拠だ。
「お友達記念に、カロン様のように、エドウィン様のことをエド様とお呼びしても? あ、それとも、相性より名前で呼ばれる方がお好きですか?」
「なんでもいいよ……いいから一旦座れ、馬鹿聖女……」
「馬鹿と天才は紙一重ですよ!」
「お前、自分を天才だと思ってるのか? ……マジかよ……」
絶望とは程遠い、笑顔の絶えない日々。そんな日々にも、やがて終わりがやってくる。
◇ ◇ ◇
「皆様! 今日はわたくしがお菓子の準備、を…………」
シアンがいつものように茶会の場にやってくると、そこには地獄が広がっていた。
元気そうなシアンを見て、安堵と同時に気力を失いつつあるノア、顔を真っ青し、短い呼吸を続けているカロン、そして既に息を引き取り、倒れ伏しているエドウィン。
シアンは少し焦げたケーキを床に放り捨て、三人の傍に駆け寄った。
「ノア! カロン様、エド様!!」
「シアン、様……ご無事で……良かっ……」
「ノア! ま、待ってください、今、治療を……」
シアンはすぐに治癒魔法を使う。いつもなら、病や傷を瞬時に治すことができる魔法。しかし、彼女がどれだけ力を使おうとしても、自身の瞳はほんの少し輝くのみ。全力を出すことができなかった。
「魔力不足!? ど、どうして……」
魔法とて無限ではない。使えば使うほど、エネルギー源である魔力は減り、力は弱まる。そんなことはシアンだって分かっている。だから、無理をしすぎないように注意していた。
魔力不足による焦りにより、集中力すら途切れている今のシアンでは、三人を治すことができない。
「シアン様、大変です! 教会に、病に犯された国民が……次々に、運ばれてっ……!! ……うっ……あ……」
「ベラ!!」
顔色を変えてシアンの元に駆けつけてきた侍女のベラ。そんな彼女も、既に体力が限界だったのか、崩れるようにしてその場に倒れた。
「……シア、ン……」
「っ……カロン様……ごめんなさい、ごめんなさい! すぐに治したいのに……魔法が、使えなくて……」
「民を……救ってくれ……」
カロンの命は、そこで尽きた。
訳の分からない絶望的な状況。否、彼女は分かっていた。ここからどんなに足掻いても、状況は変わらないということを。
「友情ルートの、バッドエンド……」
友達と過ごす時間が楽しくて、この世界の結末を見て見ぬふりをしていた。ひょっとしたら、このまま平穏な日々が続くのかもしれない、なんて甘ったれた未来を想像しながら。
「……泣いてちゃ、駄目……動かないと……」
涙を拭き、立ち上がる。
教会に行くと、沢山の国民が聖女を求めていた。悶え、苦しみ、必死な様子でシアンにすがりつく。
そんな国民たちを振りほどかず、彼女は集中した。自身の命を削ってでも、生命力を分け与える。誰か一人でも救いたくて。治して、治して、治して──
(……このバッドエンドでは、ヒロインは殺害されない。でも攻略対象や国民が次々に死んで……絶望に耐えられず、ヒロインは自害する)
国民たちに手を当てながら、シアンは必死に思考する。『ヒロごと』は散々やりこんだ。このバッドエンドの展開も知っている。ゲームをしていた時は、なんて絶望的で残酷な結末なんだろうと、胸が踊ったのを覚えている。
(……バッドエンドが好き。絶望している人を見ると、『自分はこの人よりは幸せだ』と思えるから)
彼女はバッドエンドをこよなく愛していた。
他人が絶望的であればあるほど、自分はマシだと思える、 幸せだと思える、生きていいんだと思える。そんな、一種の自己防衛思考。他人の絶望が、彼女の心の支えだった。
(……望んでいた展開の、はずですが……)
しかし、彼女は知ってしまった。他人の絶望を見なくとも、心が満たされるということを。今の彼女にとって、この世界は決して他人事なんかじゃない。
(………この世界を、この世界の人達を、好きになってしまったから。友達も、侍女も、国民も……大好きなんです)
あれだけ他人の絶望を望んでいたくせに、いざ自分が絶望的な状況になると、胸が締め付けられ、涙が止まらない。
「嫌い……昔から、自分のことが大嫌い……」
涙は止まらずとも、彼女は手を止めない。体力はとっくに限界を迎え、魔法はもう使えない。それならばと、たくさんの水を運んできて、国民の口に当てている。
(どう足掻いても『ヒロごと』の世界にはバッドエンドしか存在しない……ハッピーエンドには、辿り着けない……)
バッドエンドしかない世界。この世界に転生した時点で、結末なんて決まっていた。幸せになれないことが決まっていた。ひょっとしたら、なんて思ってはいけなかった。
後悔しても、既に起きてしまったことが解決することはない。
「……諦めないで……救わ、ないと……」
教会に来た人は救えなかった。それでも彼女は負けじと立ち上がり、教会の外へ出た。街を巡り、城を巡り、山を巡り──
そして、この国の人間は誰一人残らず、死んでいった。
彼女は絶望による自害ではなく、魔法の使い過ぎと体力の消耗による衰弱死によって、その命が尽きた。
暗転した世界に声が響く。
『あなたの願いは何ですか?』
意識が朦朧としている中、彼女は願う。
「……願い……わたくしの、願いは──……」
死んだ今となっても、精神的なショックと疲労により、呂律が上手く回らない。願いがきちんと言葉にできたのかすら分からない。
彼女は、何もできない自身の不甲斐なさを自嘲するように笑った。
「死を希う、なんて……自分勝手で、馬鹿で、ごめんなさい──」
幸せになれない、絶望しかない世界。
この世界に招かれた者は、必ず死を迎える。
これは、そんな救いようのない世界の物語。
◇ ◇ ◇
薄暗い地に、風が吹く。
黒く長い髪を束ねながら、彼女は燃えるような赤い瞳を輝かせる。
「ハッピーエンドがない? それなら、トゥルーエンドを目指せばいいだけよ」
これは、そんな救いようのない世界に、真実という名の奇跡をもたらす物語。




