3、三番目のヒロインは何もしない
もし、私がこの世界に行ったら。
『ゲームの世界観を楽しみたい』
そう願った女は、ある日の下校中、不審者に刺され、死に至った。
◇ ◇ ◇
「えぇ……まさか本当に願いが叶うなんて……」
長い金髪に透き通った碧眼の瞳を持つ少女は頭を抱えていた。
「世界観が好きだから暮らしてみたいとは思ったけど……ヒロインになるなんて嫌すぎるわ」
彼女はただ、『ヒロごと』の世界観やキャラクターデザインが好きなだけだった。モブキャラの国民としてのんびりした生活を楽しみたいと思っていたが、転生先はまさかのヒロイン。
「……何もせずに、贅沢な生活を満喫しようっと」
誰かを助けるつもりも、恋をするつもりない。そんな慌ただしい生活は送りたくない。
この日、聖女としての役目を一切こなさない自堕落なヒロインが誕生した。
◇ ◇ ◇
「聖女様、最近はずっと部屋にこもっているみたいよ」
「前は毎日のように治癒魔法を使っていたのにね」
「本人は、今の自分は前の自分じゃない、と言っているけれど……」
「……理解できないわよねぇ」
聖女に仕える侍女達の不信感は募っていた。
「頭がイカれた、と噂されていますよ。シアン様」
「別にそれでいいわよ。期待せず、放っておいてくれるなら」
今日も何もせずにベッドの上に転がっているシアンを、護衛騎士のノアは表情一つ変えずに見守っている。侍女たちの不満げな声が聞こえても、彼女の心が揺れ動くことはない。
「私、注目されたくないの」
「注目、ですか?」
「ほら、私って顔が可愛いでしょ?」
手鏡を持ち、自身の顔を映す。透き通る白い肌、輝く金色の髪、宝石のように澄んだ碧眼。どこからどう見ても絶世の美女でしかなく、彼女はそんな自分を睨みつけた。
「顔が可愛いと色々と面倒なの。現世でもそう。ちょっと人より美人ってだけで、好かれるし嫌われるしで毎日大忙し。終いにはストーカーに殺される始末。もう散々」
彼女はシアンとして転生する前も、人よりも優れた見た目を持っていた。そのせいで厄介事に巻き込まれることが多く、人の目を惹く見た目というものが心底嫌いなのだ。
「だから、放っておいて。私はこの部屋で静かに暮らすの。誰かのために動くつもりはない。何か文句ある?」
扉の前に立つノアを睨む。何か言われたところで、彼女は聖女として働く気はない。文句を言ってくるようなら、部屋から追い出すだけだ。
「……私は聖女であるあなたの護衛騎士です。あなたに指示する権利などありません」
「私が聖女の役目を放棄しても?」
「えぇ、あなたが聖女であることに変わりはありませんので」
そう一礼する忠実な騎士を見て、彼女はほくそ笑む。自分の有意義な生活のために、彼の忠誠心を利用することに決めた。
◇ ◇ ◇
(ヒロインなんて面倒で嫌だと思っていたけど、あの騎士は便利ね。私が聖女である限り、なんでも言うことを聞いてくれる)
聖女の役目をこなさなくても、彼女はシアンだ。部屋は常に清潔に保たれ、食事は豪勢。侍女の中には、不信感から反抗的な態度を取るものもいたが、容赦なく追い払った。侍女が減ろうと、彼女にはノアがいる。
(騎士ルートに入ってる気がするし、このまま攻略して一生養ってもらおうかしら)
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、開かれる。そこには聖女付きの侍女が立っていた。
「聖女様。本日の昼食をお持ちしました」
「今日は騎士じゃないのね。いつもはあの人が食事を持ってくるのに」
「ノア様は第一王子のカロン様に呼ばれて、今日は外しております」
「そう。特別ボーナスでも貰ってきてくれると良いけれど」
彼女は当然のように豪華な昼食を受け取る。感謝は告げない。目も合わせない。勉強もしない。魔法も使わない。だけど特別扱いは受け入れる。
そんな彼女の自分勝手な態度は、侍女の心を黒く染めた。
「……っ……は……」
食事中、水を飲んだ時のことだった。
そのまま胃に流れるはずの水は、喉に留まる。どんなに飲み込もうとしても、水が喉を通らない。呼吸ができず、もがき苦しむシアンに、侍女は冷たい視線を向けた。
「私はシアン様が幼い頃より仕えておりました。人のために尽くすシアン様のことを誇りに思っていたのに……」
侍女は転生される前のシアンを心から慕っていた。だからこそ、シアンの中身が別人だということにはすぐに気づいた。シアンの姿で自分勝手に生きる傲慢な彼女を見て、恨みと怒りは募っていった。
(し、知らな……こいつのこと、なんか……何も……)
侍女の情報はゲームには描かれていなかった。聖女付きの侍女がいる、ということは明記されていたが、姿も名前も登場していない。本来のシアンとの関係性なんて知る由もなかった。
「……シアン様の身体に取り付く悪魔め。苦しみながら、死になさい」
待女の灰色の瞳が光り輝く。それは、魔法を使っているサインだ。
(息、が……)
喉に留まり続ける水を飲み込むことも、吐き出すこともできない。そのまま呼吸ができない状況が続き、やがて彼女は死に至った。
暗転した世界に、声が響く。
『あなたは何を願いますか?』
(……初めから、ずっと嫌だったのよ! ヒロインになるくらいなら、死んだ方がマシ。二度とこの世界に連れてこないで!)
そうして、三番目のヒロインだった者の魂は天に消えていく。
不信感を募らせた侍女の魔法によって命を落とす。それは、この『転生ヒロインの願い事』のバッドエンドのうちのひとつだった。




