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あまりにも呆気ない、自爆だった。

自分を捜査しに来た当事者である第二皇子の目の前に、自ら暗殺計画と不正の決定的な証拠をばら撒いて見せたのだ。


「ち、違う……! これは罠だ! アウレリア! アウレリアが私を嵌めたのだ! 私の娘が、私を陥れるために……っ!」


正気を失った父が、私を指さして叫んだ。


けれど、周囲の誰もがその言葉を信じるはずもなかった。

なぜなら、私はただ窓辺の椅子に座り、膝の上に刺繍針を持ち、心底心配そうな、そして慈愛に満ちた瞳で父親を見つめていたからだ。


「お父様……お膝は痛くありませんか? そんなに激しく転ばれて、お怪我をなさっていなければ良いのですが」


私の声は、どこまでも澄んでいて、温かかった。

罪悪感も、悲しみも、優越感すらもない。ただ純粋に、目の前で派手に転んだ父親の体を案じているのだ。


フェリクス殿下は、私を一瞥し、その圧倒的な気品と、一切の汚れもない瞳に息をのんだ。

そして、床で這い回る公爵を冷たく見下ろし、言い放った。


「見苦しいぞ、ヴァレリウス公爵。聖女のごとき令嬢が、貴様の腹黒い陰謀に関与しているはずがなかろう。……ん? あ、ああ! 近衛兵、公爵を捕らえよ。ヴァレリウス公爵家の全財産を凍結し、国家叛逆および第二皇子暗殺未遂の容疑で厳重に取調べを行え!」


「はっ!」


「やめろ! 放せ! 私はヴァレリウス公爵だぞ! アウレリアアアアアッ!」


公爵は近衛兵たちに両手を縛られ、惨めな悲鳴を上げながら連行されていった。

彼の後を追っていた継母のテルトゥリア様も、「私は何も知りませんわ!」と泣き叫びながら一緒に連れ去られていった。


あっという間に、部屋から騒音と悪意が消え去った。


「……失礼した、アウレリア嬢」


第二皇子フェリクス殿下が、私に向かって静かに歩み寄ってきた。

彼は片眼鏡の位置を直すと、私に向かって優雅に一礼した。


「恐ろしい思いをさせたね。まさか実の父親が、君を巻き込んでこのような大罪を犯そうとしていたとは。……君の噂は予々伺っていたが、実に素晴らしいお方だ。どのような逆境にあっても、その心が曇ることがない」


「フェリクス殿下。お忙しい中、わざわざお越しいただきありがとうございます。お父様がご迷惑をおかけして、申し訳ございません」


私は微笑みながら首を振った。


フェリクス殿下は、私の瞳をじっと見つめると、その頬を微かに赤らめた。


「いや……君が謝る必要はどこにもない。むしろ、君のような誇り高く美しい女性が、このような過酷な環境に置かれていたことが痛ましい。……アウレリア嬢。ヴァレリウス家は取り潰し免れ得ないが、君の身柄は私が責任を持って保護しよう。我が皇室へ、ぜひ来てもらえないだろうか?」


それは、実質的な求婚の言葉だった。


けれど、殿下が私の手に触れようとしたその瞬間――


サッ、と素早い動きで割り込んできた影があった。


「――非礼をお許しください、フェリクス殿下」


銀髪の護衛騎士、カシウスだった。

カシウスは私とフェリクス殿下の間に立ち、静かに殿下を牽制した。


「アウレリア様は、相次ぐ過酷な出来事により、大変お心が疲弊しておられます。どのような高貴なお方からのご提案であれ、今は静養が必要でございます」


フェリクス殿下は眉をひそめたが、カシウスの瞳に宿る並々ならぬ執念と剣気に気づき、苦笑を漏らした。


「……フッ、なるほど。優秀で忠実な騎士がついているようだね。分かった、今日のところは引き揚げよう。だがアウレリア嬢、私は諦めないよ。君のその『瞳』に、とても惹かれているのだから」


フェリクス殿下はそう言い残すと、爽やかに部屋を去っていった。


静けさが、再び部屋に戻ってきた。


「……アウレリア様」


カシウスが振り返り、私を見つめた。その瞳には、焦燥と、そして溢れんばかりの情熱が宿っていた。


「殿下のおっしゃる通り、ヴァレリウス家はこれで終わりです。マルクス閣下……父も、二度と牢から出られることはないでしょう。……あなたは、自由になられたのです」


「自由……」


私は自分の手をかざしてみた。

前世で私を縛り付けていた社会という鎖。

この世界で私を縛り付けようとしていた家や婚姻という鎖。

それらが、私自身の手を汚すこともなく、ただ相手が勝手に破滅していくことで、するりと解けて消えてしまった。


私の中にある「凪」は、あらゆる悪意を跳ね返し、私をどこまでも自由で幸福な場所へと連れて行ってくれる。


「ねえ、カシウス」


私は窓の外に広がる青空を見上げた。


「これから、私たちはどこへ行きましょうか? 世界には、まだまだ私の知らない綺麗な景色がたくさんあるのでしょうね」


カシウスは息をのむと、私の前に跪き、私の両手を愛おしそうに包み込んだ。


「あなたが望む場所なら、世界の果てまでもお供いたします。……アウレリア様。私の命も、心も、すべてあなただけのものです」


カシウスの言葉が、私の心に温かく染み込んでいく。

胸の奥で、ふわふわとした幸福の粒子がキラキラと光を放っていた。


私を蔑み、利用しようとした人々は、みな勝手に破滅の道を転がり落ちていった。

けれど、私にはただ、目の前の世界がどこまでも優しく、美しく映っている。


「ええ、行きましょう、カシウス。新しい、私たちの物語を見つけに」


私は春風のような笑みを浮かべ、大好きな騎士の手を取った。

私の心は、今日も、明日も、永遠に澄み渡り、心地よく凪いでいるのだった

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