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CONSCIENCE  作者: 遊佐 藍
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第二話

---煙が上がっている。


 そう理解したとたん、ルカは馬のスピードを上げた。一瞬、隣にいたはずのレグルスのことを思い出したが、彼ならすぐに追いつくだろうと更に馬を駆った。


 あの報告書を見つけたのは偶然だった。しかし感じたどうしようもない違和感と不安感に、手早く準備をして首都エスカーダを出たのは昼前のことだった。自分の考えすぎなら良い。だけど何かがあったのに見逃したとしたら、自分はずっと悔いるだろう。

 まして幼いころは姉とも慕い世話をしてもらったオーディアが絡んでいるかもしれない。


 半ば押し切られた感もあるが、仕事のこと以外では少々優柔不断なところがあるルカをレグルスが連れ出したのは正解だったのだろう。そして、その判断が今回は見事に当りを引いた。


(何があったの?)


 立ち上る煙の数は一つではなかった。不安の中、スピードを緩めないまま町の門を目掛けて馬を走らせるが、焦燥に駆られるルカをレグルスの声が押しとどめた。


「ルカ、待て!このまま飛び込んでどうする。落ち着け!!」


 レグルスの声は軍属の厳しさを微かに滲ませてルカの耳に届く。ルカが反応したのを見て取ったレグルスは今度はなだめるように言葉をつないだ。


「そうだ、落ち着け、ルカ。急ぐのはいいが、周りを見ろ。どうすればいいのかよく考えろ」


 イーキラの城壁の石が数えられるほど近くなって、ようやくルカは馬の速度を緩めた。


「ごめんなさい、レグ。もう大丈夫よ」

「感情のまま動くのは危険だとよく言っているだろう?俺がいつでも助けられるとは限らないんだ。いつもは冷静なくせに時々突然飛び出して行くんだからな。心配する俺の身にもなってくれ」

「・・・ごめんなさい」


 ルカがしゅんとして落ち込むとレグルスは仕方ないな。というように微笑んだ。その瞳には愛しい者を見つめる優しい光が灯っていた。

 馬で追い越しざま、慰めるかのように背中をポンと叩かれルカは視線を上げる。すでにそこには背筋をすっと伸ばし、鋭い視線で城壁を睨みつける将軍『氷狼』がいた。


(---かっこいいな)


 いつも自分に見せる甘い表情はもちろん大好きだ。全身で愛してくれていると実感できるその表情は自分だけが知っているという優越感にも似た感情をも揺り起こす。少し気恥ずかしくて、でも何よりも嬉しくて。自分は同じだけ気持ちを返せているのかと時々不安になったりするものの、そんなときは愛しい彼がぎゅっと抱きしめてくれる。それだけで不安は消えうせてしまう。

 だけど、こんな風に厳しい顔をしているレグルスもルカは素敵だな、と思う。冷たい、と揶揄される怜悧な顔立ちがひときわ際立ち、ただ見とれてしまう。


「・・・中から逃げてきている者がいるな。行くぞ」


 レグルスが鋭い視線で城壁を見つめ、中から沸き出るように逃げてきた人々の方に馬を向けた。はっとしてルカも手綱を引くと、レグルスはちらりとこちらを見た。


「大丈夫、落ち着いてるよ」


 『氷狼』のときのレグルスは表情の変化に乏しい。だが、ぼんやりしていた自分を心配しているのは十分感じられた。

 詰めていた息をふぅ、と吐き出しまずは城壁をグルリを見回す。城壁の外に異常は見当たらない。だが門からは次々と人が逃げ出してきていた。とにかく情報が欲しいと、荷馬車に乗り逃げてきた商人風の男を捕まえたが、男はいらいらしたかのように声を荒げた。


「邪魔するな!どけ!!」


 だが言ったとたんルカの隣からヒヤリとした冷気が漂ってくる。ルカでさえビクリと体を震わせてしまうが、その冷気をまともに受け、レグルスに思わず顔を向けてしまった商人は見る見るうちに顔を青白くさせた。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。脂汗を浮かべて動けなくなってしまった商人を少々気の毒に思いながらも、この機会を逃してはならないと再び声をかける。


「突然すみません。イーキラで何があったんですか?」


 ようやく弱まった冷気にやっと動けるようになった商人は、まだ青白い顔のまま、しかしほっとしたように話し始めた。


「何があったって?俺たちもよく分からんよ。いつものように露天を出していたんだがな、突然路地という路地から野犬が溢れ出してきたんだ。いや、野犬だけとは限らないか。飼い犬だってそうだ。突然、狂ったように吠え出して、暴れ出したんだ。・・・なあ、これ以上は分からないんだ。もういいだろう?」


 ルカを見ながら話しているようでも、視線はちらちらとレグルスの方に向かう。早く逃げたがっているのは明らかで、これ以上は仕方ないとルカもうなずいた。


「ありがとうございます。気をつけて。---レグ、犬かぁ・・・」


 脱兎のごとく逃げて行ってしまった商人を見送ると、ルカは商人の言葉に思いをめぐらせた。


---突然、狂ったように暴れ出した犬たち。


 何かが介入したのだろうか。だが、そうなる原因が見当もつかない。


「とにかく、行ってみるぞ。野犬が相手なら何とかなる。だが、馬は駄目だな。門の所で放していこう」

「うん、わかった」


 二人は混乱のイーキラに向けて再び馬を走らせたのだった。



* * *



 イーキラの町は混乱の中にあった。


 通りは野犬が数多くうろうろしていた。幸い人間に襲い掛かっているものは見当たらないようだが、この後どうなっていくのかは予想がつかない。何より原因が分からなければ対処の仕様がないのだ。

 野犬が溢れ出してから少し時間が経ったせいかほとんどの人々は建物の中に避難しているようだった。それでも野犬を避けながら必死に通りを走って行く者もいる。町の外から煙が見えたということは、どこかで火が出ているのかもしれない。


---ガゥッッ!!!


 何が刺激になったのかわからないが、突然野犬の一匹が興奮しルカに飛び掛ってきた。できれば使いたくなかったけど、と思いつつ腰から短剣を抜こうとしたその時。


---パンッ!!!


 軽い破裂音がして野犬が弾かれたように倒れた。風に乗って微かに火薬のにおいが漂ってくる。その元を辿らなくてもルカには誰が銃を撃ったのかすぐにわかった。


「ありがとう、レグ」


 庇うように半歩前に出て銃を構えたレグルスはルカの無事を確かめると、心配そうに微笑んだ。


「大丈夫か、ルカ?」

「うん、平気よ。レグが庇ってくれたし。でも・・・」


 ちらりと野犬を見てルカは表情を曇らせる。


(かわいそうなことしちゃったな)


 基本的に動物好きを自認しているルカはできれば野犬たちに怪我をさせたくなかった。まして、何か原因があるとすれば尚更だ。でもレグルスを責める事などできるわけがない。彼は自分を助けてくれただけだ。

 そんなルカの頬にレグルスはちゅ、と口づけを一つ落とすと耳元で囁いた。


「大丈夫、麻酔弾だ。ルカが悲しむようなことはしない」

「・・・そっか。ありがと、レグ」


 この最愛の恋人はいつでも自分のことを考えてくれる。自分が傷つかないように守ってくれる。体だけではなく心も大事にしてくれている。こんなところでと思いながらもルカは愛しさがこみ上げてくるのを抑えられなかった。思わずちゅ、と頬にキスを落とすとレグルスは初めびっくりした顔をしていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。その笑みがあまりにも無邪気なものだったから、しばし目を奪われてしまう。


「ルカ?」


 動かなくなってしまったルカを心配したのかレグルスが身を屈めルカの顔をのぞきこむものだから、ルカは思わずばっと後ずさってしまった。顔が熱い。きっと真っ赤になっていることだろう。


(レグの無防備な笑顔ってこんなに破壊力があったんだ)


「ルカ?」

「な、何でもない!それよりほら、急ごう!!」


 いぶかしげな表情を見せるレグルスの手を取り、ルカはズンズンと歩き出した。掴んでいる手も熱いが今の真っ赤な顔を見られるよりはましだ。後ろでクスリとレグルスが笑ったような気がした。



* * *



「シャムシール、オーディア、いる?!」


 アルカーク商会のイーキラ支部に飛び込んだとたん、ルカは声を張り上げた。ようやくたどり着いた建物の周りはほとんど被害がないようだったが、それでも外の混乱を見ていれば心配になる。

 

「シャムシール!オーディア!」


 受付のカウンターには誰も居なかった。不安になり再び声を上げようとした時、カチャリ、と音がして奥の扉からひょこりと見知った顔が覗いた。ふわふわとした赤い髪に空色の瞳の女性がびっくりした顔でルカを見る。


「オーディア!良かった、無事だったんだね!」

「ルカちゃん!」


 思わずぎゅっと抱きつき、抱きつき返されながらオーディアの顔を見る。驚いていた顔はにっこりと笑顔になっていた。怪我をした様子もなくほっとしていると、扉から更に男が顔を覗かせ驚いた表情を見せる。


「ルカさん?なんでここに居るんですか!?」

「シャムシールも無事で良かったわ。心配して来たの」


 その言葉を聞き、居るはずのない人が居ることへの驚きから一瞬で立ち直ると、アルカーク商会イーキラ支部の支店長を務める男はいつものように茶色の瞳を和ませて微笑んだ。


「大丈夫です。他の社員たちも無事ですよ。今は自宅に帰らせていますが、それぞれ家族の無事を確認したら連絡が来るはずです。こういうときオーディアがいると助かりますね」

「でしょでしょ!うふふ、よきにはからえ~」


 オーディアは満足そうに笑うとルカに抱きつかれたまま胸を張る。そのおかげでルカはオーディアの豊かな胸に顔を押し付けられてしまう形になってしまった。


「ちょ、オーディア苦しい!」

「あ、ごめんねぇ~、ルカちゃん」


 息が出来ずじたばたと暴れると、ようやく力を緩めてもらえた。改めて見詰め合ってにっこりと笑いあった。


---グイッ


 急に引っ張られてオーディアから放され、包み込まれたのは硬く引き締まった腕の中だった。


「えっ・・・?」


 振り仰げば憮然とした表情をしたレグルスと目が合う。


「・・・いつまでくっついてるんだ」


 不満そうな声にルカはこみ上げてくる笑みを抑えることができない。くるりと体の向きを変えるとレグルスの体に抱きついた。

 女の子が相手でもヤキモチを妬いてしまうレグルスが可愛いと思うが、それを口に出すのは後々のことを考えれば止めておいた方が賢明だろう。過去を思い出すとどんな仕返しをされるか考えたくもない。

 代わりにぎゅっと抱きつく。


「・・・ねぇ、そろそろ良いかなぁ?」


 いつまで経っても離れようとしない二人に業を煮やして、オーディアが呆れた声をかけたのは暫くしてからだった。


「あっ、ごめんね!」


 途中から完全にオーディアたちのことを忘れてしまっていたルカは慌ててレグルスから離れる。顔が熱い。

 家族のように思っている二人だからこそ、その目の前でいちゃいちゃするのは余計に恥ずかしく感じる。


 わざとらしくコホンと咳払いをして仕切り直す。視界の端でレグルスが不満そうな顔をしていたが、あえて気づかない振りをしておく。


(もう無理っ!)


「それで、どうしてこんなことになったのか経過を報告してくれる?」

「はい。・・・確か昼過ぎ位、ですね。突如として町中に野犬が溢れかえりました。一時パニックに陥りかけましたが、刺激を与えなければ野犬が人を襲うことはなく、今現在、住人は建物の中に避難しているという状態にあります」


 シャムシールが落ち着いた口調で報告するが、ルカはそれを聞いて難しい表情になる。


「・・・あたしたちが町に入ってきたとき、野犬に襲われたわ。だんだん凶暴化してきているのかもしれない。早く手を打たないと事態が悪化するかも。オーディア、原因に心当たりはない?だいたい、どうしてイーキラにいたの?」

「ん~~~~、なんとなく?ここに居なきゃいけない気がしたんだぁ。ルカちゃんもどうして来たのぉ?」

「えっ?あたしも、オーディアの報告書を読んでどうしても行かなきゃ、って思って」

「そうなんだぁ。お揃いだねぇ」


 ニコニコと嬉しそうに笑うオーディアにルカもつられて微笑み、ほんわかした空気が流れる。しかしこのままでは埒があかないと思ったのか、シャムシールが話を無理やり戻す。


「お二人の勘は侮れないところではありますが、それでは原因が分かりませんね。オーディア、鳥たちから何か聞いていませんか?」

「え~~っとねぇ・・・あ!さっき帰ってきた子が何か言ってたかも~」

「何ですか?」

「ここから北にある大きいお屋敷に、野犬が群がってたんだってぇ。他の所はそんなコトないのに、不思議だねぇ、って話してたんだぁ」

「北の屋敷?シャムシール、心当たりはある?」

「おそらく商人のワーグサス=ゴードンの自宅かと思われます。ここより北で大きい屋敷など限られますから」

「ゴードン商会?そういえばここが本拠地だったわね。会ったことないのだけど、どんな人物なの?」

「卑怯で矮小、儲けの為なら手段を選ばないこともある。と評判の男です。・・・それから噂ですが、裏で非合法の物を流しているとも聞いています」

「なるほど、ねぇ・・・。何が起こったとしても不思議じゃない、っていうことね」


 腕を組みながらしばし考える。無意識のうちにポケットから飴を取り出すと口に放り込んだ。考え込んでいるときの癖である。『頭を使うときは糖分が必要よ』という母親の口癖を信じていたら、しっかり癖になってしまっていた。

 太るから気をつけようとは思うものの、なかなか改善には至らない。


 部屋に沈黙がおちた。オーディアとシャムシールは上司であるルカの決断を待ち、レグルスはそもそもルカに付いてきただけのため、決定権を行使するつもりはない。やがて天井を見るともなしに見上げていたルカが3人に目を向けた。


「ゴードンの屋敷に行く。オーディアとシャムシールは事務所で待機。このまま他の社員の安否確認といざという時の脱出経路の確保を。レグはあたしと来てくれる?」

「もちろんだ」


 了解の意を示した2人を残し支部を出ようとした時、オーディアがパタパタと駆け寄ってきてルカにぎゅっと抱き付きこころなしかどこか辛そうな表情を見せた。滅多に見せないオーディアの弱った顔に、ルカは背中をポンポンと叩いた。


「ルカちゃん。この原因、もしかしたらあたしと同じ仲間かも。悲しい子だったら・・・」

「分かってる。心配しないで、大丈夫だよ。みんなでちゃんと帰ってくるから」

「うん・・・。気をつけてねぇ」


 いつものようにほんわかした雰囲気で見送るオーディアに手を振ると、ルカはレグルスと北の屋敷を目指したのだった。

オーディア 24歳

アルカーク商会生物部門担当。好奇心旺盛で鳥と意志疎通が可能。Fカップらしい。



シャムシール 年齢不詳

アルカーク商会イーキラ支部支店長。ふらりと現れいつの間にか商会に馴染んでいた過去の読めない男。

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