第一話
5日連続投稿です。よろしくお願いします。
窓の外は光に溢れ、心地良さそうな風が吹く。小鳥のさえずりと木々のざわめきの中、木の下で昼寝でもすれば絶対に気持ちいいだろう。
ーーーそれなのに
「どうしてあたしはこんなところで仕事なのよ~~~!」
ルカの声が執務室に響き渡った。
(はぁ、いいかげんこれ何とかならないかな・・・)
目の前には目を通さなければいけない書類が山となっている。今年の穀物の出来具合がどうだとか、最近隣国で見つかった紅水晶の鉱山についてのものだとか、商会の機械開発部で新しい銃が開発されただとか。
いくら書類をチェックしても終わらない。思わずため息が洩れてしまうのも当然だろう。
そもそも、帝国全土ばかりか世界中に支店を持つアルカーク商会の本社で、事務方が少なすぎるのが問題なのだろう。とルカは思う。しかもほぼ家族経営なのに父も母も兄弟たちも誰も本社に居着いたことがない。
それぞれが好きなことをしているのだ。もちろんアルカーク商会に所属しており、その利益追求の為に働いてはいるのだが、皆デスクワークは任せた!と言うと放った矢の如く帰ってこない。そうするとルカがやるしかない。
人々は皆、奇人変人揃いのアルカーク家の中で次女ルカのことを”アルカーク家の良心”と呼んだ。
「う~~~~・・・」
飾り気も全くない(あったとしても書類に埋もれてしまうのがおちだが)机に突っ伏してうなり声をあげる。
(もう今日は逃げちゃおうかなぁ。・・・いやいや、そんなことしてもこの山が無くなる訳じゃないし。でもでも~~・・・あ、いい天気。って現実逃避したって意味ないしッ)
すでに半ば逃げの体制に入っているが、逃げても無駄なのは分かりきっている。
この書類の山を崩せるのは自分しかいない。はぁ、と思わずため息を漏らしながらペラリと山の一角を捲った。
ぼんやりと書類の文字を追っていく。
(あ・・・オーディアの報告書か。確か港湾都市ナガルまで行ってきたんだっけ。あれ、でもこれ違う。イーキラから飛ばしてる?)
いつもと同じ形式で書かれたそれは、内容もごく普通のものである。だがいつものオーディアならばナガルから報告してくるか帰ってきてから直接言いに来る。
中途半端に隣の都市から報告書を上げてくることなど今までになかった。
(何かあったかな。でもそれならそう言ってくるはずだし・・・)
悶々と一人考え込んでしまう。だからーーー
「ルカ」
「うきゃッ」
突然耳元で聞こえた声に大げさに反応してしまうのは仕方ないだろう。
「うきゃッって・・・。相変わらず可愛いな」
「~~~ッ。レグ!いつも耳元で声掛けるのやめてって言ってるでしょ!!」
「いいだろう、減るもんじゃなし。だいたい、何度も声掛けたのに気付かないルカが悪いと思うぞ」
「それなら肩叩くとかあるでしょ!」
「イヤだね。せっかくルカのかわいい声を聞ける機会なんだ」
「かわいいって・・・」
「ん?ルカのことだ。声までかわいいなんて反則だろう。もちろん声だけじゃなくて全部かわいいんだが」
そう言って椅子に座ったままのルカを後ろから抱き締めてきたのはレグルス=アーディ=フィオレンス。れっきとした帝国の皇子様だった。
---フィオル帝国今代の皇帝陛下は皇妃を持たなかった。その理由は定かではないが、皇太子時代に亡くなった恋人を今でも想っている、と噂されている。
しかし皇帝という立場上世継ぎをもうけることは必要であり、三大侯爵家から一人ずつ側妃を召し上げることになった。名門貴族の姫たちによるの泥沼の争いが後宮で始まる。と思いきやこのの良かった。
お互いの家が反目しあっているなか、どういう経緯で仲良くなったのか貴族たちの間でも憶測が飛び交ったが、とにかく後宮は三人の姫たちの穏やかな家となり新皇帝を中心とした家族が形作られることとなった。
そして現在、皇帝は三人の側妃に五人の皇子、二人の皇女に囲まれ穏やかな生活を送っていた。
そんな五人の皇子の四番目に当たるレグルスと紆余曲折を経てめでたく恋人になってもう半年が過ぎるが、この恋人はルカに対し聞いていて恥ずかしくなるほど甘かった。・・・それはもう頭の天辺から足の先まで砂糖に埋もれているかのように。
(これでいて軍では"氷狼“と呼ばれてるんだもんなぁ)
背中の熱を感じながら、今自分の前にいるレグルスと軍での評価との差異に思わず小さく笑ってしまう。
帝国軍の中で冷静沈着無表情のお堅い将軍と呼ばれている第四皇子のこんなデレた表情を知る者は限られている。初めてこの二人の絡みを見た者は例外なく固まってしまい、あまりの落差に1週間は夢でうなされると噂されているが、そんなものは関係ないとばかりにレグルスはルカを溺愛する。愛しい者を見るめったに見れない柔らかい視線の先には必ず恋人の姿があった。
そしてルカはレグルスのこの視線の先にいるのが自分だという優越感と気恥ずかしさをいつも感じてしまうのであった。
後ろから抱き締められている今も、知らず頬が赤くなっていくのを感じていた。だけどそれを見られたくなくて、顔を逸らすとわざとぶっきらぼうに告げる。
「もういい加減に離してよ。仕事ができないじゃない」
「そんなこと言っても仕事などしていなかったじゃないか」
「見てたの・・・?」
「ルカが叫んでいたところからな。色んな顔が見れてなかなか面白かった」
あのぐだぐだな所を見られてしまっていたとは・・・。なんとなく決まりが悪くて、ふいっと顔を背けてしまった。だが彼女の恋人はそんなところもかわいいとばかりに益々ぎゅっと抱き締める。
「本当にルカは可愛いな。・・・それで、その書類は何だ?」
レグルスはちゅ、っと音を立てて頬にキスをすると片腕をルカの首に絡めたまま手を伸ばし、突然のことに固まったままのルカの手からたった今読んでいた書類を取り上げた。
「どこか気になるところでもあるのか?」
さらりと一読した後、不思議そうに聞いてくるレグルスの腕から漸く抜け出すと、ルカはその書類を取り返す。不満そうに見つめるレグルスをひと睨みするとルカははぁ、とため息をついた。
「ううん。これが気になる、ってところがあるわけじゃないの。ただ、ちょっといつもと違うってだけなんだけど・・・」
言葉にできないどこかもやもやとした違和感がぬぐえない。そのまま黙り込んでしまったルカにレグルスは少しだけ不満そうな顔になるとまたもや後ろから抱きついた。
「せっかく仕事がひと段落ついてルカに会いに来たのに、相手してくれないのか?」
「あ・・・ごめんなさい」
一人で考え込んでしまったことに気がつき慌てて謝罪するも、レグルスの顔は少々呆れたものになっている。怒っているわけではなさそうだが、忙しい中わざわざ会いにやってきてくれた恋人をないがしろにしてしまったことにはやはり悪いと思ってしまった。
だからといって気になる案件を放って置くわけにもいかず、困ったような表情になったのを見てレグルスは苦笑した。
---しかたないな。責任感が強い最愛の恋人が仕事を放っておけないのはわかっていたことだ。だけど3日ぶりに会ったルカとこのまま別れるのはもったいない。むしろ嫌だ。ルカ不足でもたない。
忙しさでルカに会えないと次第に不機嫌になっていくことを自分の副官は理解しているようで、ここぞというタイミングで上司に休暇をよこすのだが、レグルスとしては毎日でもルカに会いたかった。これで追い返されるなどまったくもって本意ではない。だから---
「じゃあ、出かけるぞ」
「えっ、どこへ?」
「イーキラに決まっているじゃないか。気になるんだろう、それ?イーキラなら馬を跳ばせば夕方前には着く。このままここで考え込んでいてもしかたないだろう」
突然解決策が提示されたことであっけにとられてしまったルカを尻目に、レグルスは控えていた使用人を呼ぶと準備を言い付けた。だがそれが二人分だったことにはっ、とする。
「ちょっと待って、レグルス!私が行くのはいいわ。でもなんであなたまで!仕事は、軍の方はいいの!?」
「大丈夫だ。ここで邪魔をするほどうちの副官は無能じゃない。機嫌の悪い俺が戻ったところで仕事になるわけがないのは分かっているさ」
---それはわがままの何ものでもないんじゃないか。
そう思ったものの幸せそうに微笑むレグルスを見て、一緒にいられる事が自分も嬉しいのだと感じてしまう。
再び抱きしめてくる恋人に仕方ないなぁ。とため息をつきつつ、ルカもその背中にそっと手を回した。
ルカ=アルカーク 17歳
"アルカーク家の良心”と呼ばれるアルカーク家の次女。自由気ままな家族に振り回される苦労性。本社にて采配をふるう。
レグルス=アーディ=フィオレンス 21歳
フィオル帝国第4皇子。"氷狼”と呼ばれる冷静沈着な将軍。ルカを溺愛しており、一部で二重人格ではないかとも噂されている。




