↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦艦大和は、歴史を書き換えられるか。 ~未来を知る帝国海軍士官の決断~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/33

第33話 新たな命令

 昭和十六年十二月三十日

 柱島泊地


 朝、秋月誠が甲板へ出ると、昨日までとは明らかに違う慌ただしさが艦内外に広がっていた。年末だからというわけではない。大和の出航準備が、予定より早く始まったのである。

 艦橋では航海科が海図を確認し、機関科では出航に備えた点検が進められている。砲術科にも新しい訓練予定が届き、各員が必要な準備を始めていた。

 秋月は手渡された書類へ目を落とした。

 年明けに予定されていた長時間航海訓練が、さらに前倒しされている。


「少尉、どうです。」


 村上兵曹長が横から覗き込む。


「出航が早まりました。」


「何日ほどですか。」


「明日です。」


 村上の眉が上がった。


「明日?」


「はい。」


 秋月は書類をもう一度確認した。

 昭和十六年十二月三十一日、柱島泊地を出航。

 瀬戸内海を西へ進み、外海へ出る。

 航海中に各部署の総合訓練を実施し、数日後に帰投する予定になっている。

 まだ開戦から一か月も経っていない。

 それでも艦隊の動きは、急速に変わり始めていた。


「随分と急ですな。」


「戦況の影響でしょうか。」


「恐らく。」


 秋月は海図を見つめた。

 昨日の未来視が頭をよぎる。

 航路。

 変更。

 「このままでは間に合わない」という声。

 そして今、現実でも予定が変わった。

 偶然と考えるには、少し気味が悪い。


 午前中、艦長から各部署の責任者へ正式な説明が行われた。

 今回の航海は戦闘任務ではない。

 大和の運用能力を確認するための訓練航海である。

 しかし、単なる慣熟航海ではない。

 航海中に対空戦闘訓練、通信訓練、機関運転、応急部署、砲術訓練を組み合わせ、実際の作戦行動に近い状況を作る。

 さらに、燃料消費や機関の状態、各部署の対応時間を記録する。

 大和が長時間行動した場合、どこに問題が生じるのかを確認するためだった。


「各部署、出航までに準備を完了させろ。」


 艦長の命令が響く。


「了解!」


 士官たちが一斉に答える。

 秋月も砲術科へ戻った。

 弾薬の確認。

 砲塔設備の点検。

 通信手順の確認。

 対空戦闘時の配置。

 やるべきことは多い。

 しかも、時間は限られている。

 秋月は記録用紙を持って各担当を回った。

 いつもの訓練より緊張感がある。

 明日には大和が動く。

 そして、数日間にわたって航海を続ける。

 新造艦である大和にとって、これは大きな試験になる。


 午後。

 砲術科の準備が一段落した頃、秋月は艦橋へ呼ばれた。

 艦橋では艦長と航海長が海図を広げていた。

 秋月が敬礼する。


「秋月少尉、今回の航海では記録を頼む。」


「了解しました。」


「砲術だけではない。」


 航海長が言った。


「発見、報告、命令、行動。」


「各段階の時間をできる限り残してくれ。」


「艦全体の動きを後から確認したい。」


「承知しました。」


 秋月は海図へ目を向けた。

 瀬戸内海を抜け、西へ向かう航路。

 その先には広い海がある。

 秋月は海図の線を追いながら、昨日の未来視を思い出していた。

 見えた航路とは違う。

 少なくとも、今の航路は史実で知っているものと大きく矛盾してはいない。

 しかし、未来視では別の線が伸びていた。

 もし、あれがこの先の出来事なら。

 どこかで航路が変わる。

 その原因が何なのかは分からない。

 秋月は海図から目を離した。


「少尉。」


「はい。」


「どうした。」


「いえ。」


 秋月は首を振った。


「航海の記録をしっかり取ります。」


 航海長が頷いた。


 夕方になると、大和の出航準備はほぼ終わった。

 艦内では最後の点検が続いている。

 秋月は砲術科の記録簿を整理し、自分の荷物を確認した。

 長い航海になる。

 これまでとは違い、海上で数日を過ごす。

 当然、訓練も増える。

 そして何より、海域が変わる。

 それが秋月には気になっていた。


 夜。

 出航前の艦内は静かだった。

 必要な準備を終えた乗組員たちは、それぞれの持ち場で待機している。

 秋月は当直へ向かう途中、通信室の前を通った。

 中では通信員が忙しく動いている。

 戦況が変化している。

 それに伴って通信量も増えていた。

 秋月は足を止めず、そのまま通り過ぎた。


 艦橋へ上がる。

 夜の海は暗く、遠くの灯がわずかに見える。

 航海長が海図を確認していた。


「明日は早い。」


「はい。」


「初めて長く海へ出る者も多い。」


「大和にとっても、まだ経験の浅い航海になります。」


「そうだ。」


 航海長は海図を畳んだ。


「だからこそ、問題を一つでも多く見つける。」


「問題を見つけることが失敗ではない。」


「次に直せるなら、それは成果だ。」


 秋月は頷いた。

 その考え方は、自分が記録を取る理由と同じだった。


 その時、艦橋へ伝令が入った。


「通信長より報告です。」


「何だ。」


「先ほど司令部から追加電報が入りました。」


 艦橋の空気が変わった。


「内容は。」


「出航後の通信について、指定された時間に定時報告を行うようにとのことです。」


 航海長が顔を上げる。


「定時報告か。」


「はい。」


「分かった。通信長へ伝えておけ。」


「了解しました。」


 伝令が去る。

 秋月は黙って海を見た。

 訓練航海。

 それだけのはずだった。

 だが、司令部から定時報告まで求められている。

 大和の動きそのものが、以前より細かく見られている。


 そして、その夜。

 秋月の未来視が起きた。


 視界が暗くなる。

 海図が現れる。

 今度ははっきりと見えた。

 大和の現在位置。

 その先に伸びる航路。

 だが、途中に大きな印が付いている。

 その場所で、航路が二つに分かれていた。

 一方は秋月が知っている歴史へ続く線。

 もう一方は、見たことのない方向へ伸びている。

 誰かが海図の上へ手を置く。


「予定を変える。」


 声が聞こえた。


「このままでは間に合わない。」


 秋月は目を見開く。

 次の瞬間、海図が消えた。

 暗い海。

 遠くに見える艦影。

 そして、一機の航空機が夜空を横切る。

 そこで未来視が途切れた。


 秋月は息を整えた。

 今度は場所が分かった。

 少なくとも、これから大和が進む航路のどこかだ。

 未来視が現実の航海と重なっている。

 ならば、これから起きる何かが、大和の進路を変える可能性がある。


 秋月は海図へ目を向けた。

 明朝、大和は出航する。

 その先に何が待っているのか。

 まだ分からない。

 だが、今回はこれまでの訓練とは違う。

 大和自身が動く。

 そして秋月も、その艦に乗って動く。


 昭和十六年最後の夜。

 大和は静かに海へ浮かんでいた。

 翌朝、この巨大な戦艦は柱島泊地を離れる。

 秋月は当直を続けながら、夜の海を見つめていた。


 歴史は、静かに次の頁へ進もうとしていた。


 ――続く。


あとがき


 第33話「新たな命令」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は、大和の長時間航海訓練が前倒しされ、翌日の出航が決まるところまで描きました。


 開戦直後の日本海軍は、各方面で作戦が進む中、艦隊の行動準備や訓練を進めていく必要がありました。本作では、その流れを踏まえながら、大和が新造艦として運用能力を高めていく過程を描いています。


 そして秋月の未来視では、これまでより明確に「航路が分岐する光景」が見えました。


 明日、大和は柱島泊地を離れます。


 その航海が、秋月の知る歴史とどのように交わるのか。


次回 第34話「柱島を離れる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。