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戦艦大和は、歴史を書き換えられるか。 ~未来を知る帝国海軍士官の決断~  作者: 春野ケイ


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第24話 総合訓練

 昭和十六年十二月二十四日


 柱島泊地


 朝の霧は、昨日より薄かった。


 海面を覆っていた白い靄は日の出とともにゆっくりと消え、瀬戸内の島々が少しずつ姿を現していく。


 大和は錨を下ろしたまま、静かにその時を待っていた。


 艦内では、いつもとは違う緊張が漂っている。


 昨夕に伝えられた新たな訓練命令。


 砲術。


 航海。


 通信。


 機関。


 応急。


 各部署を個別に確認するのではない。


 一隻の艦として、すべてを同時に動かす。


 それが今日の訓練だった。


 秋月誠は砲術科の集合場所で、配られた訓練要領へ目を通していた。


 細かな内容まで書かれているわけではない。


 開始時刻。


 想定。


 各部署の任務。


 そして、訓練終了後の報告。


 紙に書かれた文字は少ない。


 だが、その短い文章の裏に、艦全体を動かす意図が隠れている。


 「少尉。」


 村上兵曹長が声を掛けた。


 「はい。」


 「昨日の話、覚えていますか。」


 「艦隊の中核として運用するための訓練、ですか。」


 村上は頷いた。


 「今日、それを実際にやるわけです。」


 秋月はもう一度、訓練要領を見る。


 「……随分と早いですね。」


 「何がです。」


 「大和が竣工して、まだそれほど経っていません。」


 村上は少しだけ黙った。


 「新しい艦だからこそ、急ぐのかもしれません。」


 その言葉に、秋月は返事をしなかった。


 未来の歴史を知る自分からすれば、大和という艦の存在そのものが特別だった。


 だが、今の大和はまだ生まれたばかりの艦だ。


 乗組員も艦そのものも、経験を積んでいる途中にある。


 それなのに、艦隊の中核としての役割を求められている。


 これは本当に偶然なのか。


 それとも、自分が未来を変えようとしてることによって生じた歪みなのか。


 答えは出ない。


 「総員、訓練配置!」


 艦内放送が響いた。


 秋月は顔を上げる。


 考える時間は終わった。


 今は任務を果たすだけだ。


 砲術科の乗組員が一斉に持ち場へ散る。


 艦内の空気が変わった。


 さっきまでの雑談が消える。


 足音が増える。


 伝声管から各部署の報告が飛び交い始めた。


 「航海科、準備よし。」


 「機関科、異常なし。」


 「通信科、準備完了。」


 「応急部署、配置完了。」


 一つひとつの報告が艦橋へ集まっていく。


 秋月は砲塔内部を確認した。


 「第二砲塔、準備よし。」


 報告を終えた直後、艦橋から命令が届いた。


 『想定、敵艦隊接近。』


 訓練が始まった。


 艦橋では航海士が海図へ目を落とし、見張員が周囲を監視する。


 砲術科では射撃準備。


 通信科では艦内外への伝達。


 機関科では指定された速力への移行準備。


 それぞれが同時に動いている。


 これまでの訓練とは明らかに違った。


 秋月は伝声管へ耳を当てる。


 「第二砲塔、準備完了。」


 『了解。待機。』


 その直後、別の命令が入る。


 『右舷側、応急部署警戒。』


 「了解。」


 秋月は復唱した。


 訓練上の想定だ。


 実際に敵がいるわけではない。


 それでも、命令を受けるたびに艦内の空気は変わっていく。


 誰か一人の判断が遅れれば、その遅れが別の部署へ伝わる。


 それを実際に確認するための訓練だった。


 「少尉!」


 村上の声が飛ぶ。


 「はい!」


 「通信が一つ遅れています!」


 秋月が振り返る。


 伝声管の向こうから、別の部署の報告が入ってこない。


 「確認します!」


 秋月は通信担当へ連絡を取った。


 数秒後。


 「通信経路、確認中!」


 「急げ!」


 訓練だからこそ、問題を隠す必要はない。


 むしろ問題を見つけるためにやっている。


 秋月は時計を見る。


 わずかな時間だった。


 しかし、実戦ならその数十秒が命取りになる可能性がある。


 やがて報告が届く。


 「通信、復旧!」


 「第二砲塔、受領!」


 秋月はすぐに復唱した。


 村上が頷く。


 「今のです。」


 「はい。」


 「これを見つけるための訓練です。」


 秋月は黙って頷いた。


 未来を知っている。


 それでも、未来には書かれていないことがいくらでもある。


 通信一つ。


 報告一つ。


 命令を受けるまでの数秒。


 そうした小さな積み重ねが、戦場では大きな差になる。


 訓練はさらに続いた。


 今度は「火災発生」の想定が入る。


 応急部署が動く。


 機関科が区画を確認する。


 砲術科では弾薬関連の安全確認。


 艦内の各所で人が走る。


 しかし、誰も勝手には動かない。


 自分の持ち場を守りながら、必要な部署へ情報を渡していく。


 秋月は、その光景を見ていた。


 これが軍艦なのか。


 一人の英雄がすべてを救うのではない。


 何百、何千という人間が、それぞれの役割を果たして一隻の艦を動かしている。


 そして、その中心にいるのが艦橋だ。


 すべての情報が集まり、命令が再び各部署へ戻っていく。


 訓練終了の合図が鳴った。


 艦内から一斉に息が漏れる。


 緊張がほどけていく。


 だが、誰もその場を離れない。


 最後の報告が終わるまで、訓練は終わらない。


 秋月は村上とともに最終確認を行った。


 「第二砲塔、異常なし。」


 「通信、復旧後は問題なし。」


 「応急部署、異常なし。」


 すべての報告が揃う。


 そこでようやく、砲術長が口を開いた。


 「訓練終了。」


 艦内の空気が一気に緩んだ。


 秋月は大きく息を吐いた。


 その時、艦橋から伝令が降りてくる。


 「秋月少尉。」


 「はい。」


 「艦長がお呼びです。」


 秋月は顔を上げた。


 嫌な予感がした。


 昨日もそうだった。


 新しい命令が届いた。


 そして今日。


 その訓練が終わった直後に、また呼び出された。


 「何か聞いていますか。」


 村上へ尋ねる。


 村上は首を横に振った。


 「いいえ。」


 ただ、その表情は少し硬かった。


 秋月は艦橋へ続く階段を上がっていく。


 甲板へ出ると、冬の風が吹き抜けた。


 柱島の海は静かだった。


 その静けさとは裏腹に、大和の中では何かが確実に動き始めている。


 秋月は艦長室の前で立ち止まった。


 扉の向こうから声がする。


 「入れ。」


 秋月は姿勢を正した。


 そして、扉を開いた。


 ――続く。


あとがき


第24話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、これまでの「個々の訓練」から一歩進み、大和という一隻の艦をどう動かすのかを描きました。


実戦では、砲術だけが優れていても艦は戦えません。航海、通信、機関、応急など、それぞれの部署が同じ状況を共有し、同じ目的へ向かって動く必要があります。


そして今回、訓練の中で一つの小さな問題が見つかりました。


それは単なる訓練上の失敗なのか。


それとも、これから起こる何かの兆候なのか。


ここから物語を動かしていきます。


次回 第25話「艦長室」

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