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【完結】私を蔑んだ者たちを徹底的に破滅させます  作者: 逆立ちハムスター


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6/8

ヴァレリウスの隻眼が微かに見開かれた。

「……たった一晩で、これほどの量の記録を調べ上げ、論理を構築したというのか」

「私にとって、文字と数字は長年の友のようなもの。彼らが何を語り、何を隠そうとしているのかは、その配列を見れば自ずと理解できます。殿下の書庫の蔵書が極めて整然と管理されていたことも、作業の迅速化を助けました」

ヴァレリウスは無言のまま報告書を手に取り、その一枚目に目を通し始めた。彼の表情は普段の厳格な武人のそれから、次第に深い驚愕と、そして隠しきれない感嘆の色へと変化していった。

そこに記されていたのは、単なる告発文ではなかった。過去の判例、王国法の条文、国庫の出納記録との緻密な照合、さらにはローゼン伯爵が用いた架空商会の登記上の矛盾点までが、極めて論理的かつ冷徹な筆致で、一つの隙もなく編み上げられていた。それはもはや一編の優れた軍略書であり、敵の防衛線を完膚なきまでに破壊するための「戦術図」そのものであった。


「……見事だ」

重苦しい沈黙の後、ヴァレリウスの口から漏れたのは、心底からの賞賛の声であった。彼は報告書から顔を上げ、エレオノーラの蒼玉の瞳を真っ直ぐに見据えた。

「私は長年、戦場において数多の優秀な参謀たちを用いてきたが、これほどまでに完璧で、美しく、そして恐ろしい論陣を張れる者を見たことがない。貴女の父上が生前、『我が娘の頭脳は、千の重装騎兵にも勝る王国の至宝である』と自慢されていたが、それは決して親の欲目ではなかったのだな」

「父の過分なる評価に過ぎません。私はただ、示された事実を繋ぎ合わせ、本来あるべき形に戻しただけにございます」

エレオノーラは表情を崩さずに答えたが、父の言葉を伝え聞いたその胸の奥では、微かな温もりが広がっていた。


「だが、エレオノーラよ」

ヴァレリウスの顔に、再び冷酷な為政者の影が落ちた。

「この証拠がどれほど完璧であろうとも、これをただ国王陛下に上奏するだけでは意味がない。現在の陛下は病床に伏せりがちであり、実質的な政務は全てローゼン伯爵とその一派が取り仕切っている。彼らにこの書面を渡せば、即座に握り潰され、我々もまた『国家への反逆者』として無実の罪を着せられるだけであろう。法とは、それを執行する権力があって初めて機能するものだ」

「重々承知しております、殿下。ゆえに、この報告書は『剣』ではなく、敵を誘い込む『罠』として用いるべきかと存じます」

「罠、だと?」

「はい。来月、春分を祝う『大朝餐会』と、それに続く『王国諸侯会議』が開催されます。王国全土から貴族たちが集うその公の場において、ローゼン伯爵の退路を完全に断つ劇的な形で、この事実を暴露するのです」

エレオノーラは、卓上にある地図帳を開き、王都周辺の穀倉地帯を指差した。

「ローゼン伯爵が私財を投じて買い占めているとされる今年の春小麦の流通経路を、殿下の北方軍の権限を用いて、合法的に『査察』という名目で封鎖いたします。資金繰りが悪化した伯爵は、必ず国庫の予備費から補填を行おうとするはず。その資金が動いた瞬間こそが、彼らの首を刎ねる最良の好機にございます」

その冷徹極まりない戦略の提案に、ヴァレリウスは深く息を吐き出し、そして、腹の底から響くような低い声で笑い声を上げた。それは、強大な敵を前にした野獣が、己の牙を研ぎ澄ます歓喜の笑い声であった。


「……恐ろしい女だ、貴女は。あのマルグリットのごとき薄っぺらな悪意など、貴女のこの深淵なる知略の前では、春の雪のように儚く消え去るだろう」

ヴァレリウスは立ち上がると、自らの右手の指にはめられていた、重厚な銀の指輪を引き抜いた。それは、大公家の紋章である咆哮する狼が彫り込まれた、彼の代理人たる絶対的な権限を示す印章指輪シグネット・リングであった。

彼はその指輪を、エレオノーラの華奢な右手の薬指に、静かに、しかし力強く押し嵌めた。冷たい銀の感触が、彼女の肌に鮮烈に伝わる。


「エレオノーラ・フォン・ヴァーレンベルク。今この瞬間より、貴女を我が北方大公軍の『主席戦術顧問』ならびに『大書庫長』に任命する。この指輪は私の分身だ。今後、王宮内の何者であろうとも、貴女を罪人の娘として貶める者があれば、それはこの私、ヴァレリウス・フォン・ドラッケンフェルスに対する直接の宣戦布告と見なす」

大公の言葉は、ただの庇護の約束ではなく、彼女に絶大な権力と責任を与えるという、血の盟約に等しいものであった。


「……ありがたき幸せに存じます、我が主君」

エレオノーラは指輪の嵌められた右手を左胸に当て、深く、荘厳な一礼を捧げた。その動作には、もはや過去の悲哀に縛られる弱者の影は微塵もなく、己の知性と誇りを武器として戦場に立つ、無双の騎士の風格が漂っていた。


一方その頃、王城の南翼に位置するローゼン伯爵の豪奢な執務室では、陶器が壁に叩きつけられ、粉々に砕け散る激しい音が響き渡っていた。

「おのれ……あの北の野蛮人め! よりにもよって、我が娘の面目を丸潰れにした挙げ句、あの小賢しい叛逆者の娘を自らの懐に引き入れるとは!」

肥満した体を高価な絹の服に包んだローゼン伯爵が、顔を真っ赤にして怒号を上げていた。その足元では、昨夜の屈辱に目を腫らしたマルグリットが、絹のハンカチを噛み締めながら震えている。

「お父様! あんな屈辱、私は耐えられません! あの泥まみれの犬女が、あろうことか大公殿下の腕に抱かれて去っていくなど……! 私の、この私の誇りが許しませんわ!」

「黙れ、マルグリット! 事態は貴様の薄っぺらな自尊心の問題などではないのだ!」

伯爵は苛立たしげに娘を怒鳴りつけた。彼の小さな濁った瞳には、怒りだけでなく、明確な焦燥と恐怖の色が浮かんでいた。

「ヴァレリウス大公は、ただの武骨な軍人ではない。あの男の背後には、王国最強を誇る北方軍三万の精鋭が控えている。そして何より恐ろしいのは、あのヴァーレンベルクの小娘だ。あの娘は、幼き頃より父親から英才教育を施された化け物だ。万が一、我々の国庫からの資金流用の事実を、あの娘の頭脳によって嗅ぎつけられでもしたら……」

「まさか、お父様。あの女はただの小娘ですわ。大公殿下も、ただ珍しい見世物を拾い上げただけに決まっております。あのような小娘に、お父様の完璧な計略が見破られるはずがありません」

マルグリットは己の不安を打ち消すように、甲高い声で言い放った。

「……そうであってくれれば良いがな。だが、念には念を入れねばならん。大公とあの娘がこれ以上嗅ぎ回る前に、先手を打って息の根を止めてやる。我らローゼン家の権勢を脅かす者は、いかなる手段を用いても排除するのだ」

伯爵の顔に、底知れぬ陰惨な笑みが浮かんだ。王宮の華やかな虚飾の下で、血生臭い暗闘の毒牙が、静かにその矛先を北の孤狼と高潔なる白百合へと向けようとしていた。


しかし、彼らはまだ知らなかった。彼らが「ただの小娘」と蔑み、貶めたその女が、すでに彼らの首に巻きつく目に見えぬ絞首の縄を、美しく、そして冷酷に編み上げ始めているということを。


大書庫の窓から差し込む朝陽は、次第にその輝きを増し、部屋の隅々の闇を駆逐していった。エレオノーラは窓辺に立ち、広大な王都を見下ろした。彼女の指先にはめられた銀狼の指輪が、朝の光を受けて鋭い閃光を放つ。

灰燼の中から蘇った白百合は、もはやただ美しく咲き誇るだけの花ではない。その根は深く知の深淵へと下ろされ、その花弁の奥には、腐敗した者たちを討ち果たすための、致死の猛毒が静かに精製されつつあった。

北の孤狼と、類まれなる叡智を宿した戦乙女。二人の反撃の狼煙は、この凍てつく冬の朝、誰にも知られることなく、しかし決定的に天高く立ち昇ったのである。王宮を覆い尽くす陰謀の闇を、苛烈なる真実の光で焼き尽くすための、長く熾烈な戦いの幕が、今まさに切って落とされようとしていた。

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