94.兄が見ている世界 —期末試験④—
兄の顔色が悪いことに気付いたまり姉が、声を掛けた。
『あっくん、顔色悪いけど大丈夫?』
兄は力なく答える。
『調理実習で、何を作ることになるのか分からないんだよ……』
まり姉は納得したように頷いた。
『私との勝負で作る可能性がある料理と、調理実習の過去課題しか練習してないってことかー。』
ありさは兄の顔色を見て驚いた。
このまま倒れるのではないかと思い、思わず抱きしめる。
わたしの感覚では、兄の顔面がありさの豊満な胸に押し付けられているように見えた。
おお……
これが……
これこそが、ありさのおっぱい……。
わたしが勝手に興奮している一方で、兄は完全に放心状態だ。
何をされても無抵抗である。
その様子を見たまり姉が慌てる。
『ありちゃん!
今のあっくんにそんな事したら死ぬから!
ただでさえ弱ってる呼吸なのに、ありちゃんのおっぱい押し付けたら呼吸止まるから!』
まり姉も混乱している。
家庭科の先生の一言でここまで人を窮地に追い込むとは、一体どんな人物なのだろうか……
わたしはそんな事を思っていた。
時間になり、3人は家庭科室へ向かった。
わたしはどんな強者が出て来るのかと身構えたが、そこにいたのは30代後半から40代くらいの女性教師だった。
家庭科の先生が笑顔で言う。
『みんなそれぞれ、くじ引きを引いて好きな調理台に行ってねー。』
全員がくじを引く。
先生は続けた。
『毎年同じメニューだと先生も試食飽きちゃったから、今回は先生が食べたい物をくじに書いてまーす。』
『材料は前の机に置いてるから、それぞれ好きな材料を使って作ってねー。』
『制限時間は1時間!
みんな、よーいスタート!』
兄はくじを開いた。
そこには、
「チャーハン」
と書かれていた。
これなら作れる。
そう思った瞬間、兄の顔に少しずつ生気が戻っていく。
兄は米を取りに行き、手早く研いで炊飯器へセットした。
早炊きなら約30分。
具材は卵、長ネギ、ハム、コーンを選択する。
まきとの料理練習で教えてもらった、まきの実家の組み合わせだ。
長ネギとハムを刻み、コーンもすぐ使えるよう準備する。
卵も丁寧に溶き、フライパンの準備も終えた。
あとは、ご飯が炊けるのを待つだけだ。
―炊けた。
兄はご飯に卵を絡める。
熱したフライパンへ入れ、素早く炒める。
続けて具材を投入。
塩胡椒などで味を整えながら炒め続ける。
そして―
完成した。
兄は出来上がったチャーハンを家庭科の先生の元へ持って行った。
先生は少し驚いた顔をする。
『随分早かったわねー。
ご飯を炊くところからだから、ギリギリになると思ってたのに。』
そう言って一口食べる。
『うん。
ご飯もパラパラで美味しいわ。』
『合格!』
兄は安堵した。
先生は続ける。
『調理台を片付けたら帰っていいわよー。』
兄はお礼を言い、自分が使った調理台を片付け始めた。
周囲を見回す。
まり姉はオムライス。
ありさはパエリアを作っていた。
兄は、
もしパエリアが当たっていたら……
そう考えただけでゾッとしていた。
しばらくして、まり姉もありさも完成させ、無事に合格を貰う。
二人も片付けを始めた。
兄は早々に片付けを終え、家庭科室の外で待っていた。
『良かったー……』
兄は心の底から安堵した。
しばらくすると、まり姉とありさが出て来る。
まり姉が笑う。
『あっくん早かったねー。
私も早炊き使ったのに時間ギリギリだったよ。』
ありさも頷く。
『前にお母さんと作った事があって良かったー。
初めてだったら作れなかったよー。』
兄は二人を見て微笑んだ。
『無事、みんな一発合格できて良かった。』
『明日もテストだし、帰ろうか。』
そう言って、3人はバス停へ向かった。
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