6.夢
見ちゃった。
文字通り、包み隠さず。
風呂から出た兄は、そのまま自室へ戻った。
……っていうか。
あっくんの部屋、広っ。
襖で閉じられてたから、今まで私と同じ八畳くらいの部屋だと思ってたのに。
私の部屋の三倍くらいありそうなんだけど。
というか、離れの中で一番広い部屋じゃない?
次が両親の部屋。
で、最後が私。
「ねえ、あっくん。流石にこれはズルくない?」
私がそう言うと、兄は荷物を置きながら適当に返した。
「じゃあ部屋変える?」
「え?」
「離れを維持するためとはいえ、“あれ”と同じ部屋で過ごすの、気分いいもんじゃないし」
「……あれって何?」
「退院後、本当に部屋変わってくれるなら教える」
「ケチ」
「ミス偏差値ほどの頭脳をお持ちなら、自分で考えられるんじゃないですかね」
「あー、また変な呼び方した」
そんなやり取りをしていると、兄が急に真面目な顔になった。
「今から少しやりたいことあるから、絶対見るなよ」
そう言って兄は、寄木細工の秘密箱を取り出した。
「わー、懐かしい。まだ持ってたんだ」
子供の頃から、兄が大事にしていた箱だった。
寄木の模様が綺麗で、昔はよく触らせてもらっていた。
「でも、見るなって言われても、あっくんが見てるもの見えるんだけど?」
兄は小さくため息を吐く。
そして目を閉じたまま、秘密箱を動かし始めた。
カチ。
カチ、カチ。
しばらくして兄が目を開けると、箱は開いていた。
中から取り出されたのは、一冊の古いノート。
「おー、目をつぶって箱を開けるとは器用だね。」
私が感心していると、兄はさらに深いため息を吐いた。
その後、兄は目隠しをした。
そして数分後には、ノートも秘密箱も元通りになっていた。
「秘密主義すぎない?」
「眠い。寝ていい?」
「あーもう、好きにしたら?」
その後。
私は、あっくんの中で変な夢を見た。
気づけば、真っ暗な場所に立っていた。
……いや、立ってる?
感覚がおかしい。
足元があるような、ないような。
上下の感覚も曖昧だった。
「……ここ、どこ」
すると後ろから、呆れた声が返ってくる。
「俺の中」
振り返ると、あっくんがいた。
「説明雑すぎない?」
「説明しても、お前どうせ理解しないだろ」
「失礼すぎる」
兄はため息をつきながら、私の隣へ来る。
すると周囲の暗闇が、少しずつ形を持ち始めた。
湿った土の匂い。
遠くで鳴る鈴の音。
気づけば、そこは筒場だった。
「…筒場って、何なの」
「花火を上げる場所」
「それは知ってる」
兄は少し黙ったあと、小さく言った。
「昔から、あんまり良くない場所なんだよ」
その言い方が妙に嫌だった。
気づけば、遠くに誰か立っている。
白い着物。
長い髪。
顔は見えない。
「…あっくん」
私が声を震わせると、兄は面倒そうに言った。
「あーあ。見えちゃったか」
白い女が、一歩こちらへ近づく。
足音はしない。
なのに、確実に近づいて来る。
よく分からない。
でも、見ちゃいけないものだということだけは、本能で理解した。
その瞬間。
鼻を焼くような臭いが蘇った。
焼けた浴衣。
焦げた皮膚。
自分の悲鳴。
一気に記憶が押し寄せ、私は思わず頭を押さえる。
「っ……!」
「思い出すな」
兄の声が低くなる。
「今のお前、かなり危ない状態なんだから」
「危ないって……」
そこまで聞いた瞬間。
目覚まし時計のアラームが鳴った。
――――――――
「……朝か」
最悪の目覚めだった。
「ねえ、あっくん。もしかして今の夢って…」
「夢?」
兄は制服へ着替えながら、興味なさそうに返す。
「俺、頭悪いから難しいこと分かんないや」
完全に棒読みだった。
「…教えたくないのね。はいはい、分かりました」
兄は無言のままネクタイを付ける。
そして、そのまま立ち上がった。
「今から母屋?」
「そうだけど」
「…やっぱり、この部屋で留守番とか出来ない?」
「無理」
即答だった。
「出来るなら、もうとっくにそうしてる」
「ですよねー…」
私は小さくため息をついた。
兄はそんな私を無視して、部屋の電気を消す。
そして離れの玄関へ向かった。
「外出るから騒ぐなよ」
「騒ぐって何を」
「誰かに見つかったら面倒だから」
「いや、そもそも今の私って他の人から見えて…」
兄は答えないまま、玄関を開けた。
朝の湿った空気が流れ込んでくる。
まだ日が昇りきっていない。
静かな庭。
その向こうに見える母屋だけが、妙に暗く見えた。
兄は無言のまま、ゆっくりと母屋へ歩き出した。
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