5. 兄が見ている世界
あっくんの中へ取り込まれた瞬間。
わたしは、兄の視界を共有していた。
病室。
消毒液の匂い。
ベッドで横になっている―わたし。
お母さん、かなり疲れてる。
少しふらついてるし、目の下にも隈ができていた。
お父さんもいた。
離島へ単身赴任してるはずなのに。
…帰って来てくれたんだ。
迷惑かけて、ごめんなさい。
そう思った瞬間、わたしは気づいた。
「…待って」
わたしは兄へ問いかける。
「夏祭りから、何日経ってるの?」
「夏祭りが八月二十七日。今日が二十九日だから、二日くらい」
兄が静かに答える。
そして小さく呟いた。
「…そろそろ来るぞ」
次の瞬間だった。
お父さんが、すごい勢いでこちらへ歩いてくる。
「篤志」
低い声だった。
「お前、こうなることが分かっていて、防げなかったのか?」
病室の空気が、一気に重くなる。
兄は落ち着いたまま答えた。
「放置はしてない。だから普通の客には何も起きてない」
「ただ、完全には防げなかった。立ち入り禁止区域だけ残った」
お父さんの目が細くなる。
兄は続けた。
「それに、あいちゃん自身が行かないよう止めてもいた」
「…娘には才能がある、勉強もできるって、じいちゃんに散々自慢してたくせに。随分迂闊なことしたもんだな」
お父さんは強く兄を睨みつけた。
そして、そのままベッドのわたしの方へ戻る。
お母さんは何も言わない。
ただ、不安そうに二人を見ていた。
しばらくして、お父さんが静かに言う。
「篤志。お前は一回家へ戻れ」
兄は何も言い返さず、病室を出た。
そして。
病院から家へ向かう間、わたしの怒りは限界寸前だった。
いや待て。
なんで火傷した本人のわたしが、一番何も知らないの?
どういうこと?
絶対問い詰めてやる。
そう考えていたのに。
家へ戻った兄は、そのまま真っ直ぐ風呂場へ向かった。
そして、普通に服を脱ぎ始める。
「おいおいおい!!」
思わず叫ぶ。
「わたし居るんですけど!?」
「あ」
兄が止まる。
「そうだった」
そうだった、じゃない。
「もう出てっていいぞ。俺の風呂見ても何も面白くないし」
「いや、出ていきたいのは山々なんだけど!? どうやって出るのか分かんないんだけど!?」
すると兄は面倒そうに頭をかいた。
「長くても二日に一回くらいは元の体戻ればいいよ。後は好きにしてろ」
「軽っ!?」
「胸と背中、両方かなり酷い火傷だからな。体位変えるだけでも激痛らしいし。痛みで意識飛んで、こっち来たんだろ」
兄はそこで服を脱ぎ終えた。
「…で、俺は今すぐ風呂入りたい。タクシーで帰ってきたけど、汗でベタベタなんだよ」
「いやだから!」
「子供の頃、一緒に風呂入ってただろ」
「それ何年前の話!?」
「俺が見たものはお前にも見えるから、嫌なら別のこと考えとけ」
そう言われて、必死に別のことを考えようとした。
…のに。
思春期というもの、兄妹とはいえ異性の体は気になるわけで。
結果。
バッチリ見てしまった。
…え。
脇毛ない。
下も、ない。
……うちの兄、成長期どうなってんの?




