69.兄が見ている世界 —料理対決⑩—
兄が寝ていると、まきが兄の体を揺らしていた。
兄がフラフラしながら起きると、まきがもじもじしている。
『どうしたの?』
と兄が聞くと、
『あの……えっと……』
『トイレ、付いてきて下さい。』
と、まきが言った。
兄は笑顔で、
『りょーかい。』
と言って起き上がった。
まきが元々寝る前に着ていた服は、少し乱れているように見える。
兄は廊下で、まきが用を足すのを待った。
しばらくして、
『一応、今日一緒に過ごす初夜なんですし……』
『夜更かしして、少し話したりしたいなって思ったりするんですよ……』
と、まきが言いながらトイレから出てきた。
しかし――
兄は廊下に座り込んだまま寝落ちしていた。
まきは、
『はあ……毎朝早いみたいですし……』
と小さく呟いた。
そして兄を起こし、二人は部屋へ戻った。
翌朝。
兄がお務めから戻ると、まきは起きて制服に着替え終わるところだった。
『あ、先輩。おはようございます。』
『朝からお疲れ様です。』
兄は笑顔で、
『まきちゃん、おはよう。』
『結構、早起きだね。』
と言った。
まきはクスッと笑う。
『私が起きた時には、もう着替えて出掛けてましたから。』
『先輩の方が早いと思いますよ。』
兄も笑った。
『朝ご飯を食べて学校へ行こうか。』
『今日は試験だけだから、受験票と筆記用具だけは忘れないようにね。』
『はーい。』
まきは元気よく返事をした。
朝食を見て、まきは驚愕した。
まきは朝からしっかり食べるタイプらしく、
ご飯、味噌汁、焼き魚、漬物を平らげ、
さらにご飯と味噌汁をおかわりしている。
一方の兄は、
小さなおにぎりを一つ。
しかも、まだ食べ終わっていない。
飲み込む事が面倒なのか、
ずっと噛み続けているからだ。
その代わり、まきがしっかり食べている姿を嬉しそうに見ていた。
そして二人はバスへ乗り、学校へ向かった。
学校へ到着すると、
まきが辺りを見回した。
『今日は試験会場として学校が使われているので、社会人の方や他校の人も多くて少し新鮮ですね。』
兄は頷いた。
『そうだね。』
『でも、もし何かトラブルがあったら相談してね。』
『俺は隣の隣の教室だから。』
さすがに試験会場は別らしい。
見た感じでは、乙四の受験者が圧倒的に多い。
『試験が終わったら、廊下で待ってるね。』
兄が言うと、
まきは笑った。
『あはは。何も無いですから安心してください。』
『でも、何かあった時は助けてくださいね。』
兄は軽く頷いた。
教室へ入ると、わたしは驚いた。
少なっ!
数人しかいない。
さっきまでいた乙四の会場とは大違いだ。
兄は受験票で席を確認し、着席した。
軽くテキストを流し読みして時間を潰す。
やがて試験官が入室し、
説明が終わると試験が始まった。
兄は淡々と問題を解いていく。
特に迷いも無い。
入社試験の時のような必死さも無い。
全員が合格点を超えれば、全員合格できる試験だからだ。
全て解き終え、
軽く見直しをしていると、
試験官が、
『再入場は出来ませんが、終了した方は退室可能です。』
と告げた。
兄は手を挙げ、
答案を回収してもらうと、
荷物をまとめて退室した。
そして、まきの試験会場前の廊下で待つ。
待つ。
待つ。
そして寝た。
体を揺らされて目を開けると、
そこには、まきがいた。
『先輩、お待たせしました。』
『私も試験終わりました。』
兄はまだ眠そうな顔で、
『まきちゃん、試験お疲れ様。』
『この表情だと、自信ありだね。』
と言った。
まきは自信満々の顔で頷く。
兄は眠そうに手を差し出した。
『引っ張って。』
まきは、
『もう……。』
と呆れた顔になる。
『わかりました。』
そう言って兄の手を握り、引っ張る。
しかし兄は立ち上がる途中でバランスを崩した。
まきも引っ張られ、
そのまま兄の方へ倒れ込む。
兄は反射的に受け止めた。
『おっと。』
『危ないね。』
そう言った兄だが、
次の瞬間には目を閉じていた。
まさかと思った。
寝てる。
兄はそのまま二度寝を始めた。
まきは真っ赤な顔のまま固まっている。
五分ほど経った頃だった。
『試験会場前で何をしている!』
見回りの先生の声が飛んだ。
二人は慌てて離れた。
先生に注意され、
兄もようやく完全に目を覚ました。
その後、二人は手を繋いで買い物へ向かう。
今日、練習するメニューはチャーハンだ。
兄は様々な材料を手に取り、
値段をほとんど見ずに買い物かごへ入れていく。
予算は千五百円じゃなかったのか?
わたしは疑問に思った。
すると、まきが聞いた。
『あの……これ、千五百円じゃ足りませんよね?』
『パスタもオムライスも、今回の材料もですけど。』
あー!
わたしも思ってた!
まき、よく聞いてくれた!
わたしは心の中で拍手し、評価を一段階上げた。
兄は一瞬、バレたか?
という顔をした。
だが、すぐ笑顔に戻る。
『まだ試作段階だからね。』
『まずは、どんな味が良いか決めないといけないかなって思って。』
『せっかくだし、まきちゃんには良い材料で作った物を食べてほしいから。』
まきは嬉しそうな顔になり、
兄の腕へしがみついた。
兄は反対側の手で、
まきの頭を撫でる。
そして安心したような表情を浮かべた。
あーこれ!
絶対なんか当日企んでるよ!
まき! そこ確認しろよ!
わたしは、まきへの評価を二段階下げた。
そして二人は自宅へ帰った。
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