68.兄が見ている世界 —料理対決⑨—
わたしの母が中を覗くと、
『あらあら』
という顔になった。
兄は、
『ちょっと席を外すね。』
と言うと、風呂へ向かうフリをして、他の部屋の陰へ隠れた。
おいおい。
お前、逃げてんじゃねーぞ!
と、わたしは思った。
まきと母が取り残される。
母は首を傾げながら、
『あの子が友達を家に泊めるなんて、初めてじゃないかしら?』
と言った。
そして、
『そんな事より、初めまして。よろしくね。』
と笑顔を向ける。
まきは姿勢を正し、
『こちらこそ初めまして。どうぞよろしくお願いします。』
『あまり騒いでご迷惑にならないよう、十分注意します。』
と答えた。
母は笑いながら、
『いいのよー。元気があって活発なのは大歓迎だからね。』
『もう晩ご飯は食べたの?』
と尋ねた。
まきは、
『はい。先ほど、オムライスをたくさん頂きました。』
と答える。
すると母は、
『最近、あの子ったら急に料理に目覚めたみたいでね。』
『無理に付き合わせてしまっていたら、ごめんなさいね。』
と言った。
まきは慌てて首を振る。
『いえ。私が望んで付き合わせてもらっているので。』
母は安心したように、
『それならいいんだけど。』
『何かあった時は、ちゃんと言ってあげてね。』
と言い、兄の部屋を後にした。
その会話が終わるのを確認してから、兄は風呂へ入り、その後、母屋の仏壇へ手を合わせた。
そして自分の部屋の前で深呼吸をする。
ノックをして部屋へ入った。
『まきちゃん、さっきはごめん。』
開口一番、兄は謝罪した。
まきは少し俯き、
『いえ……見ました?』
と聞いた。
兄は、
『…………』
と気まずそうに黙り込む。
まきの顔がみるみる赤くなった。
『先輩なら、いいですよ。』
『脱衣所の時も、着替えを忘れた時も、少しは見られましたし……』
そう言いながら、ますます顔を赤くする。
そして勇気を振り絞るように、
『で……何か感想とか、あったりしますか?』
と聞いた。
兄は少し考えた後、
『感想と言うより、一瞬ドキッとしたって言うのが本音かな。』
と答えた。
まきは目を丸くした後、
クスッと笑った。
『先輩も、そんな風に思うんですね。』
兄は首を傾げる。
『男だからね。』
『びっくりはするよ。』
まきは少し嬉しそうに微笑んだ。
兄は話題を変えるように、
『明日は危険物の試験だから、さっと復習して寝ようか。』
と言った。
まきも、
『はい。』
と答えた。
兄が真面目に復習をしていると、
まきが不思議そうな顔で聞く。
『危険物の甲種って、乙種を持っていたら受験できたと思うんですが、何で乙種を全部取ってから受けるんですか?』
兄は苦笑した。
『完全にタイミングを逃しちゃったとしか言えないかな。』
『内容も、本当に復習みたいなものだし。』
まきは、
『私にも分かる問題ありますか?』
『乙四を受ける時に、法令と物理・化学は共通する事が多いって聞きましたけど。』
と聞いた。
兄は頷く。
『結構あると思うよ。』
『でも試験前に頭がごちゃごちゃしたら大変だから、このテキストを読むなら試験が終わってからにしてね。』
まきは、
『はーい。』
と返事をした。
兄は参考書を閉じる。
そして笑顔で、
『今日は料理対決の練習と危険物の復習しかしてないけど。』
『来週の月曜から木曜は、まきちゃんの期末試験と受験勉強のお手伝いをするから安心してね。』
と言った。
まきは硬直した。
兄は気付いていない。
『明日は試験の後、チャーハンを作ろうと思ってるからよろしくね。』
そう言うと、大きなあくびをした。
まきは苦笑しながら、
『そろそろ寝ますか?』
と聞く。
兄は、
『うん。おやすみなさい。』
と言い、部屋の明かりを消した。
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