59.兄が見ている世界 —試験勉強⑧—
『昔の約束?』
ありさが首を傾げた。
『何があったのかな?』
まり姉と兄を交互に見る。
まり姉は言って欲しくないようだ。
兄も少し残念そうな表情をしている。
どうやら兄も、自分から話したい話ではないらしい。
ありさはため息をついた。
『まあ、いいか。』
そして、まきへ視線を向ける。
『まきちゃん、災難だったねー。』
まきは首を横に振った。
『いえ、わたしは楽しかったです。』
『そっか……。』
ありさは少し考えた後、
『そういえば、あっくんって料理出来たんだねー。』
と話題を変えた。
兄は苦笑する。
『何度もイメトレしたよ。』
『どう段取りしたら時間内に終わるのか考えるのが大変だった。』
『五十分程度で、この数を作るのは結構きつかったよ。』
まり姉とありさは顔を見合わせた。
そして同時に首を傾げる。
まり姉が聞いた。
『あっくん、もしかして、おひたし、卵焼き、豚汁、野菜炒めを全部作ると思ってた?』
『うん。』
兄は当然のように頷く。
『全部出来たの?』
『うん。』
まり姉は額を押さえた。
『はあ……。』
『ものづくりコンテストの時も思ったけど、あっくんの段取り力には本当に驚くわ。』
『最初から最後までの流れを組み立てて、起こりそうなトラブルまで考えて準備するんだから。』
そう言った後、
『でもね。』
と続けた。
『実際に作るのは、その中の一品だから。』
兄が固まる。
『え?』
『ご飯を炊くのは全員共通。』
『それ以外は当日にくじで決まるの。』
『順番もくじ。』
『調理台も九台しかないから五日に分けて実施。』
『だから普通のテスト期間が終わった後なんだよ。』
兄はしばらく黙り込んだ。
そして、
『そうだったの?』
と本気で驚いていた。
ありさが笑う。
『まあまあ。ちゃんとご飯作れたんだし。』
『せっかくだから食べようよー。』
まり姉はもう一度ため息をついた。
『そうね。』
『レンジで軽く温め直して食べましょう。』
そして二人を見る。
『あと二人とも。』
『もう私は怒ってないから離れなさい。』
そう言いながら、二人が握っている手をじっと見た。
兄はまきの方を見る。
『大丈夫だったでしょ?』
まきは頷く。
『でも温め直すの手伝って欲しいんだけど、お願いしていい?』
『はい。』
まきは笑顔で答えた。
そして兄の手を離した。
食事が始まる。
教科書通り。
失敗もない。
でも驚きもない。
そんな味だった。
まり姉は一口食べる。
『何か……あっくんらしい味だね。』
ありさも、
『うん。真面目な味。』
と苦笑した。
まきは真面目な顔で、
『私は好きです。』
と答えた。
兄は何も言わない。
ただ料理を見ている。
そして小さく呟いた。
『悔しいなー』
わたしは聞き逃さなかった。
兄は負けず嫌いだ。
しかも、かなり。
兄は顔を上げる。
その目は完全に勝負師の目だった。
『まきちゃん。』
『はい。』
『今日は本当にありがとう。』
『一人だったら、ここまで出来なかった。』
『まきちゃんが居てくれたから最後までやれた。』
まきは少し驚いた顔をする。
兄は立ち上がった。
そして迷いなく、まきの前に跪く。
まり姉が固まる。
ありさも固まる。
兄だけが真面目だ。
『お願いがある。』
まきの両手を取る。
『まりちゃんとありちゃんを見返したい。』
『次は絶対に美味しいって言わせたい。』
『だから協力して欲しい。』
『お願いします。』
そう言って頭を下げた。
兄にとって目的の為なら、何の躊躇いもなく、
プライドを捨てれる。
そもそも持ってるのかについても疑問だ。
わたしはそれを知っている。
まきの目が少し潤む。
『はい。』
即答だった。
兄は嬉しそうに笑う。
そして。
まり姉とありさは完全に固まった。
わたしは思う。
いや、あっくん。
そのお願いの仕方は絶対違う。
たぶん本人だけが気付いていない。
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