58.兄が見ている世界 —試験勉強⑦—
これが修羅場か?
修羅場なのか?
わたしは少しドキドキしていた。
今までこんな経験をしたことがないし、身近な人物がこういう場面でどんなやり取りをするのか興味があったからだ。
まきは洗濯が終わっていないため、兄から借りた服を着ている。
そして今も、兄の服の裾を握っている。
台所のテーブルの椅子も、まきと兄は近い。
いや、近いというより、ほとんどくっ付けている。
兄はまきの方を向くと、安心させるように笑顔で口だけ動かした。
『大丈夫』
そう伝えると、服の裾を握っているまきの手を優しく握る。
まり姉は不機嫌そうだ。
ありさは落ち着かない様子でキョロキョロしている。
そしてテーブルの上には、先程兄が調理実習の試験練習で作った料理が並んでいた。
そこで兄が口を開く。
『まりちゃん、ありちゃん。何かあったの?』
まり姉は机を叩きそうな勢いで言った。
『何かあったじゃないでしょ!』
『わたしとありちゃんが、あんたの調理実習の試験練習に付き合ってあげようと思って来たの!』
『そしたら部活の後輩にそんな格好をさせて、手まで握って出迎えてきたら、こうなるでしょ!』
ありさも何度も頷く。
『うん、うん。わたしもびっくりしちゃった。』
まり姉はさらに、
『しかも今も、こうして私たちの前で手を握ってるし。』
と付け加えた。
兄は納得したように頷く。
『あー、そういう事ね。』
まり姉は、その反応に眉間のシワをさらに深くした。
兄は落ち着いた口調のまま話し始める。
『この状態に至った経緯について説明するね。』
『まず、まきちゃんがここにいる理由だけど、俺の調理実習の試験練習に付き合ってもらっているから。』
『なぜなら、俺がお願いしたから。』
『ここまでで質問はある?』
まり姉がすぐに聞いた。
『なんで、まきちゃんなのよ?』
わたしも当然の質問だと思った。
兄はあっさり答える。
『まりちゃんは入試前だったし。』
『ありちゃんは亜衣のことで色々相談に乗ってくれてたから、これ以上負担を掛けたくなかった。』
『それに、お返しできる事も思いつかなかったから。』
まり姉は納得しない。
『じゃあ、なんでそこでまきちゃんが出てくるの?』
『前に部室へお弁当を持って来てたでしょ?』
『自分で作ったって言ってたから、料理が得意なんだと思った。』
なるほど。さすがに、
「メッセージをスクロールして一番下にいて頼みやすそうだったから」とは言わないらしい。
わたしは少し安心した。
兄は説明を続ける。
『それで料理が完成して、二人で食べてた時に転んで服を汚しちゃった。』
『だから今は俺の服を貸してる。』
『この状態になった理由はそれだけだよ。』
まり姉は次の質問をぶつける。
『じゃあ、なんで二人で手を繋いで玄関に出て来たの?』
兄は即答した。
『行こうって言って手を差し出したから。』
『何もやましい事をしてないのに、コソコソする必要もないでしょ?』
まり姉は声を大きくする。
『じゃあ今も手を繋いでる理由は!?』
少しずつ声が大きくなっている。
昔、イタズラしてお説教された時を思い出すなぁ。
すると兄も少し眉間にシワを寄せた。
『まりちゃんが怒鳴ってるからでしょ。』
静かな声だった。
『まきちゃん、怯えちゃってるじゃん。』
『高校に入学してから優しく指導してくれた先輩が、急に怒鳴ったらびっくりするよ。』
『萎縮して、何も言えなくなっちゃう。』
まり姉が言葉を失う。
兄は小さくため息をついた。
『理由も確認せずに怒鳴るのはダメだって。』
『昔、約束したの覚えてないの……かな?』
まり姉は痛いところを突かれた顔をした。
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