54.兄が見ている世界 —試験勉強③—
まきとの自宅デートを翌日に控えた金曜日。
兄はいつものように放課後、部室へ向かった。
いつもなら兄が来ると、
「ここ教えてください」
と真っ先にやって来るまきが、今日は友人の女の子たちと話している。
『あっくん、いつもとまきの様子違わないか?』
『流石の俺でもわかるわ!』
しばらくして、まきが兄に気付いた。
軽く左手を腰に当てて立ち上がり、兄のもとへやって来る。
『先輩、今日は少し用事が出来たので帰ります。明日、よろしくお願いします。』
そう言って、まきは帰っていった。
『うん。気を付けて帰ってね。また明日ね。』
兄はそう言って見送った。
その後、兄は自分が受ける資格試験の勉強を始めた。
わたしは尋ねる。
『結構軽めにしか取り組んでないように見えるけど大丈夫なの?
まきに教えたりもしてるし、片手間でやってるイメージなんだけど。』
兄は答えた。
『その時、俺が勉強してたのって危険物甲種なんだよね。
既に乙種は全部取ってるし、復習がメインって感じ。
まきちゃんが受けようとしてるのは乙四だから、俺の復習にもなってちょうど良かったんだ。』
『へー、そうなんだ。』
よく分からないけど、そういうものなのかと適当に返事をした。
しばらくすると、
『先輩!俺、冷凍機械責任者の試験受かりました!』
と現部長が報告に来た。
兄は自分のことのように嬉しそうに笑う。
『おめでとう!よく頑張ってたもんね!』
そんなやり取りを見ながら、時間は過ぎていった。
そして翌日の土曜日。
朝九時の五分前。
兄が待ち合わせ場所へ到着すると、まきは既に待っていた。
『お待たせ、まきちゃん。ごめんね、結構待たせちゃった?』
兄が聞くと、
『いえ、私も今来たところです。』
とまきは答えた。
『ちょっと待った!』
わたしは記憶の再生を一時停止した。
『さーて、まきちゃんのファッションチェックといきますか!』
上は白のハイネックインナー。
その上に紺色のゆったりしたVネックカーディガン。
下はブラウンのハイウエストミニスカート。
足元はショートブーツ。
なかなかおしゃれじゃないか。
兄はまきを見て言った。
『まきちゃん、いつもの制服姿とは雰囲気が違うね。
落ち着いた優しい感じがあって素敵だと思う。
そのカーディガンもすごく似合ってる。
まきちゃん、とってもかわいいよ。』
まきは少し照れながら、
『ありがとうございます。』
と答えた。
その表情は少し嬉しそうだった。
『うちの方へ行くバスが来るまで少し時間あるし、イ〇ンに寄ろうか。』
兄がそう言うと、
『まだ開いてないですよ?』
とまきが不思議そうに答える。
『食料品売り場は開いてるから大丈夫だよ。』
そう言って兄は自然にまきの手を取った。
まきは少し驚いた顔をしている。
『おい、あっくん!まきの顔見てみろよ!』
『初デートで買うものが、かつお節とこんにゃくと里芋か……って顔してるぞ!』
『映画!水族館!遊園地!色々あるだろ!
なんで初デートが里芋なんだよ!』
わたしは思わず頭を抱えた。
『そもそも家庭科の実習の手伝いをして欲しいって言ったのか?』
『言ってない。』
兄は小さな声で答えた。
『マジかー。』
買い物を終えると、兄が言った。
『うちまで結構時間かかるし、バスが来るまでにトイレ行っておかない?』
『私は大丈夫ですが……』
『念のためにね。
荷物もあるし順番に行こうか。
俺から行っていいかな?』
『はい。』
兄がトイレから戻ると荷物を受け取り、今度はまきがトイレへ向かった。
しばらくして戻って来ると、
『じゃあバス停へ行こうか。』
『はい。』
二人は並んで歩き出した。
『昨日まで肌寒いくらいだったけど、今日は冷えるね。』
『はい。』
やがてバスが到着し、二人は空いている席へ座った。
兄は隣に座ったまきを見て、小さくため息をつく。
顔色が良くない。
さっきから時々お腹を押さえている。
『やっぱり無理して来たな……』
兄はそう思った。
そして上着を脱ぎながら言う。
『まきちゃん、俺の太ももに頭乗せて。』
まきは驚いた表情で固まった。
そして、わたしも固まった。
『あっくん、お前何やってんの!?』
『だってさー。』
兄は当然のように答える。
まきは戸惑いながらも、そっと兄の太ももへ頭を乗せた。
兄は自分の持っていたカイロを取り出し、まきのお腹と腰へ当てる。
さらに上着を掛けて冷えないようにした。
そして腰を優しくさすりながら、小声で言った。
『かなりきつそうだけど大丈夫かな?
到着したら起こすから、少し休んでて。』
まきは恥ずかしそうに小さく頷く。
『はい……ありがとうございます。』
兄は安心したように笑った。
わたしは思う。
『いや、だからそういう所なんだって。』
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