44.兄が見ている世界 —合格発表①—
次の日も、兄はお見舞いに来てくれた。
わたしが、
『今日も記憶を見せてくれるの?』
と聞くと、
兄は、
『気になるならいいけど……』
と答えた。
『あー、でも今日はこの病室の中でいいよ』
わたしがそう言うと、
兄は不思議そうな顔で、
『何かあったの?』
と聞いてきた。
『昨日、あの後に看護師さんから、
「様子が変だったから、悩みがあるなら聞くよー」って言われたの!
しかも、その時のわたしの状態、かなり酷かったらしいし』
『だから今回は、ちゃんとわたしを見ながらでお願いします。
何かあった時、すぐ戻れるし』
そう言うと、兄は、
『りょーかい』
と軽く返事をして、
わたしは兄の中へ入った。
『今日は何の出来事を知りたいの?』
兄が聞く。
『まずは、就職活動の結果かな?』
そう答えると、
兄の記憶が再生された。
就職活動でクラスの人達が学校を空けていた時期は終わり、
もう通常授業へ戻っている。
合否通知は学校へ届く。
そして、それを伝えられるのは帰りのホームルームの時間だ。
……兄が疲れている。
まり姉も、隣でため息をついていた。
『何かあったの?』
わたしが聞くと、
兄は少し困ったように笑って、
『あいちゃんの気管に入ってる管を、そろそろ外してみてもいい頃って判断されたんだけど、一回見送りになった次の日だったからね』
『授業後だったのもあるけど』
と答えた。
『まり姉に報告したんだー?』
そう聞くと、
その日の朝の記憶が流れ込んできた。
バス停で、
兄が泣きそうな顔のまま、まり姉へ抱きついている。
『ほんと、嫌われたり距離置かれないの不思議なんだけど』
わたしが呆れ気味に言うと、
さらに別の光景が目に入った。
ありさが、
兄の制服を引っ張って、
まり姉から少しでも引き離そうとしている。
『おいおい、色男。
この後、ありさとはどうなったんだい?』
わたしがニヤニヤしながら聞くと、
兄の記憶映像が切り替わった。
『……ありさと二人で映画行ったのか?
まり姉というものがありながら』
『お前、そのうち刺されても知らないからな!』
すると兄は、
少し不機嫌そうに、
『まりちゃんは、その時期ずっと受験勉強で忙しかったの!
それに、誰も俺をそんな対象で見てないから大丈夫だって!』
と返した。
そして映し出されたのは――アニメ映画。
『なんだ? 悪いか?』
兄の機嫌が少し悪くなる。
『別にー。
ありさが良ければ、わたしはどーでも』
『でもさー、映画館って家から片道二時間くらいかかるじゃん?
よく行こうってなったよね』
わたしがそう言うと、
兄は少し照れくさそうに、
『ありちゃんが、
「あっくんがどんなの好きなのか興味ある」
って言ってくれたから……』
と答えた。
なるほど。
映画に興味があるんじゃなくて、
兄に興味があるから来たわけか。
『で、どうだった?』
わたしが聞くと、
兄は、
『面白かった』
と答え、
映画のワンシーンが流れた。
『そっちじゃねーよ!
強キャラ感出してた王女が、一撃で負けて歯折れて鼻血出してるじゃねーか!』
『ありさだよ!
あ・り・さ!』
わたしが急かすと、
兄は少し考えてから言った。
映画の後、
ありさは映画の感想をほとんど話さず、
いつものように楽しそうに喋っていた。
一方の兄はというと、
頭の中、映画の内容ばかり。
笑顔で相槌を打ちながら、
ずっと映画のことを考えている。
『……前々から思ってたけど、お前すげーな』
わたしが呆れながら言うと、
『何が?』
と兄は本気でわかっていない顔をした。
『その対応だよ』
わたしが言うと、
兄は少し考えてから、
『自分から話せるネタが少ないし、
自分の意見で相手を振り回しても責任取れないから』
『それでも、少なくとも相手は満足してくれてるみたいだし』
と返した。
そんな話をしていた時だった。
――ぷすっ。
わたしの本体のお尻から、
ガスが出た。
『…………』
わたしも兄も、無言。
耐えきれなくなったわたしが、
『なんか言えよ!!』
と叫ぶと、
兄は真顔のまま、
『……合格発表に戻っていい?』
と聞いてきた。
わたしは、
『うん……』
とだけ答えた。
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