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42.兄が見ている世界 —秘密箱②—

ここまで話し終えると、兄は小さく息をついた。


わたしは、『…………』何か言いたいのに、言葉が出てこない。


そんなわたしの反応を見て、兄は『ふぅ……』と息を吐き、静かに続けた。


『これが、秘密箱に入ってるノートの最初に書いてある内容だよ。口伝しか残ってなかったから、忘れないようにメモしておこうと思って書いただけ。ちなみに、朝夕のお務めの免除条件とかも書いてあるよ。一時的に屋敷へ住めなくなった場合とかね。』


『残りのページは一言日記。別のノートも、そんな感じ。』


そう言った後、兄は少し視線を落として、『あと、秘密箱の蓋についてる収納スペース……これも見る?』と聞いた。


わたしは若干不機嫌になりながら、『あーもう、ここまで来たら聞くよ』と答えた。


兄は、『はいはい』と苦笑しながら、秘密箱の蓋についている収納スペースから、一冊の手帳を取り出した。


『これは?』わたしが尋ねると、兄は当然のように答える。


『母子手帳。見たことないの?』


『いや、中学校の授業とかで見たことはあるけど……』


そこで、わたしは気付いた。

『……あれ?あっくんの名前と、お母さんじゃない人の名前が書いてあるよ?』


兄は、あっさりと、『そりゃそうだろ。あいちゃんと俺、親違うし』と言った。

『は? 急に何言って――』


そこまで言いかけたわたしに、兄は静かに続ける。

『正確には、俺たち、いとこだね。』


『……え?』

頭の中で言葉が繋がらない。

『え……あ、えぇ!?』

わたしは混乱した。


だからか。うちの親も、あっくんも、“自分の子”“自分の親”って言い方を一度もしなかった。病院に来た時も、“兄……みたいなもの”って曖昧な言い方だった。


兄は、わたしの反応を見ながら説明を続ける。


『じいちゃんとばあちゃんの間には、男の子と女の子がいた。男の方――俺の父親だね。その人と、俺の母さんが結婚して、俺が生まれた。』


『女の方――あいちゃんのお母さんは、“あいちゃんのお父さん”と結婚して、あいちゃんが生まれた。』


『その後、とある事情で、俺の両親は亡くなった。』


『……とある事情って?』


わたしが聞くと、兄はため息をつき、窓の外を指差した。

『あいちゃん、あの山見える?』


急に話を変えられた気がして、わたしは即座に言い返す。

『見えるけど! 話変えんな!』


兄は静かに続けた。

『俺たちが小さい頃、あの山、噴火したんだよ。』


『……みたいだね。全然記憶に無いけど。』

違う話へ逸らされた――そう思った瞬間、兄は静かに言った。


『あの噴火に巻き込まれた。』


『……え?』

わたしは言葉を失った。


『当時、色んな地域から取材の人とかも来てたんだけど、避難所に届いた支援物資を勝手に持って行ったり、避難して無人になった家の窓やドアを壊して入り込んだりする人も居たんだよ。』

兄の声は、怒っているわけでもない。ただ、淡々としていた。


『だから、“あの箱”のこともあって、この家を誰かに荒らされたらまずいってなってさ。確認のために、毎日家へ戻ってた。』


『その時に、噴火に巻き込まれた。』


わたしは、何も言えなかった。


兄は少し寂しそうに笑う。


『結果論だけど、この家にずっと居れば、噴火に巻き込まれることは無かった。』


『でもさ、そんなの後からじゃないとわからないでしょ。』


『その時は“良かれ”と思った選択が、後から見ると最悪だったってこと、珍しくないから。』


しばらく沈黙が落ちた後、兄は再び話し始めた。


『噴火が落ち着いた後、あいちゃん達家族が、この家へ引っ越してきた。』


『元々この家の風習には多少慣れてたけど、詳しくは知らない あいちゃんのお母さん。何も知らない あいちゃんのお父さん。そして、あいちゃん。』


『何がしたかったのか、俺にもわからないけど、あいちゃんのお父さんは、最終的にあいちゃんをこの家の当主にしたかった。』


『そして、あいちゃんも、それを望んだ。』


『その結果が、今だと少なくとも俺はそう感じている。』

兄はそう言って、静かにわたしを見た。


『これが、俺の知ってる真実。……何か聞きたいことある?』


わたしは首を横に振った。

『わかんない……。情報が多すぎて、頭が追いつかない……。』


兄は、『はいはい』と少しだけ困ったように笑った。


『少し時間も経ったし、病院へ戻ろうか。』

そう言って、兄は静かに立ち上がった。

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