41.兄が見ている世界 —秘密箱①—
兄が毎晩、就寝前に触っていた秘密箱。
ついに、その中身が――
……見られる。
そう思った瞬間、
『次は、どの記憶を見る?』
と兄が聞いてきた。
『……秘密箱の中、知りたいんだけど』
恐る恐る尋ねると、兄はあっさり答えた。
『いいよ』
『あいちゃんは時期当主になるんだし、遅かれ早かれ知ることになる内容だからね』
……軽い。
いや、軽すぎる。
けれど、その直後。
『まあ、知った後に“やっぱり時期当主やめます”とか言い出されても困るけど』
兄は淡々と言った。
『次、何が起きるかわかったもんじゃないし』
その口調からは、一度知った以上、もう逃がさない――そんな意思を感じた。
『やっぱ待って! 勝手に進めるなー!』
わたしは慌てて止める。
すると兄は、少し怒ったような声で言った。
『自分の意思で人型に名前を書いて、血判を押した』
『その結果、約束を破って罰を受けた』
『怖かっただろ。苦しかっただろ。痛かっただろ』
『でも、あいちゃんは逃げずに向き合おうとしてた。だから今日は、息抜きに誘ったんだよ』
そして兄は、静かに問いかける。
『……まだ未練があるの?』
少し怖かった。
聞きたくない気持ちは、すごくある。
でも――もう始まってしまった。
兄は、優しい声で語り始めた。
『この秘密箱は、元々“親”から貰った大切なものなんだ』
『だから、あいちゃんにもあげられない』
『親って、お父さんとお母さん?』
わたしが聞く。
けれど、兄は答えなかった。
代わりに、
『じゃあ、昔話を始めようか』
そう言った。
『昔、この家では、母屋に本家の人間、離れに分家の人間が住んでいた』
『分家の人たちは、とても勤勉で、本家への忠誠心も強かった』
『そして本家側も、それを“当たり前”として受け取っていた』
兄は淡々と続ける。
『ある時、村に太陽の光が一切届かなくなった』
『最初は皆、不気味がっていただけだった』
『でも、作物は枯れ、食べ物は減り、人々は飢え始めた』
『困った当時の当主は、どこからか“呪い師”を連れてきた』
その呪い師は言った。
―この災いを終わらせるには、人柱が必要だ。
『村のためになるなら』
そう考え、分家から一人、人柱が選ばれた。
だが、何も変わらなかった。
すると呪い師は、
『もっとも本家に近い血筋でなければ意味がない』
そう告げた。
『当時、分家をまとめていた男性は、自ら人柱になることを選んだ』
『妻や子供たち、親族へ別れを告げてね』
『当主は悩んだ』
『でも、自分の子供たちが飢えて苦しむ姿に耐えられなかった』
そして―その男性は、人柱となった。
すると、一度だけ。
本当に、一度だけ。
村へ光が差した。
『でも、それも束の間だった』
再び太陽は消えた。
当主は、再度呪い師へ助けを求めた。
すると呪い師は、この箱を差し出した。
『分家の者を亡き者にし、その一部を箱へ納めればいい』
そう言った。
呪い師は、母屋用と離れ用、二つの箱を残し、姿を消した。
『分家側は大混乱だった』
『まとめ役の男性は既にいない』
『さらに状況も悪化していたからね』
『でも、その男性の妻は諦めなかった』
『分家の人たち一人ひとりと向き合い、不安を取り除こうとしていた』
その時だった。
本家の者たちが、刀を持って現れた。
そして―
分家の人々を斬った。
『皆から慕われていたその女性も、山へ逃げた』
『でも、最後は見つかって、斬られた』
静かな声だった。
だからこそ、怖かった。
『本家との血が濃い者たちは母屋の箱へ』
『それ以外は分家の箱へ納められた』
その後、再び呪い師が現れた。
『祠の準備が出来た』
そう言って説明を始めた。
『祠の最上段には、当主の人型を一つ』
『その下には、時期当主の人型を二つ』
『もし、当主人型がゼロになる』
『あるいは、時期当主の人型がゼロになる』
『その時は二十八日の猶予をもって、この家は完全に呪われる』
そして呪い師は続けた。
『それを避けたければ、本家の血を引く者が、自らの意思で当主を継がねばならない』
『自分の意思で願い』
『自分の手で名前を書き』
『自分の血で血判を押す』
『なお、仮の時期当主には血判は不要』
『また、自らの意思で辞退することも可能』
『しかし正式な時期当主は違う』
『一度、名前と血判を行った者は、取り外すことは出来ない』
『現在の当主が亡くなれば、自動的に繰り上がる』
兄は少し間を置いた。
そして最後に、静かに言った。
『そして、本家の当主と時期当主は』
『分家の者たちを、常に自分たちより上位の存在として敬い』
『日々、弔い続けなければならない』
その声だけが、静かな部屋に響いていた。
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