40.兄が見ている世界 —入社試験⑤—
面接は終わったが、兄は気を抜かない。
何故なら、「家に帰るまでが入社試験!」と考えているからだ。
女性社員さんから『お疲れ様』と口パクで言われ、兄は笑顔で軽く一礼した。
どうやら、面接が終わった人から順次帰宅して良いようだ。
荷物をまとめ、自分が散らかした場所はないか確認する。
特に問題は無さそうだったので、兄は立ち上がった。
別の人事課の男性社員さんが、
『入社試験、お疲れ様でした。』
『こちらにタクシーを待機させていますので、面接が終わった方はこちらへどうぞ』
と案内してくれた。
兄は言われるがままタクシーに乗り、駅へ戻った。
―帰りの汽車の発車まで、あと1時間か。
切符を買い、発車待ちの汽車へ乗り込む。
『眠い……少し目を閉じるか……』
『まりちゃん、ごめん……謝るからさー……』
かなりうなされている。絶対悪夢じゃん。
『お客さん、もう終点だよ』
駅員さんに声を掛けられ、兄は慌てて起き上がった。
『ありがとうございます』
汽車を降り、切符を駅員さんへ渡して駅を出る。
『あー……いつもの地元だー』
兄は思いっきり背伸びをした。
『あれ? あっくん?』
就職試験を終え、帰宅途中のありさが声を掛けてきた。
『ありちゃん、就職試験お疲れ様! 荷物多いね』
『2泊3日だったし、女の子だからねー』
ありさは笑いながら答える。
『もうすぐバス来るから、一緒に帰ろ』
『うん!』
ありさは、胸を揺らしながら元気よく返事をした。
バスを待っている間も、バスに乗った後も、ありさの話は止まらない。
会社までの道のりを、一つ一つ丁寧に話してくれた。
電車やバスを使って空港へ行き、搭乗手続きをして飛行機へ乗る。
そこからまたバスと電車を使ってホテルへ到着し、1日目は終了。
2日目は、ホテルまでタクシーが迎えに来て、そのまま会社へ到着。
そして試験開始。終わった後はホテルへ戻って終了。
3日目は、電車とバスで空港へ向かい、飛行機に乗って、またバスと電車を使って――今に至る、と。
―すんごいきつそう。
そりゃグチも出るよね。
『ありちゃん、お疲れ様でした』
兄が笑顔でそう言うと、ありさは周囲を確認し、軽く深呼吸した後、兄へ抱きついた。
『凄く、人がいっぱいいてね……
色んな所に、たーくさん居るんだよ。
それなのに、寂しくて怖かったー……。
やっと帰ってこれたよー……』
兄は少し後ろへよろけた後、軽く抱きしめ返し、ありさの頭へ自分の顔をそっとくっつけた。
『ありちゃん、よーく頑張ったね。
偉い偉い。
ちゃんと行って、ちゃんと帰ってきてくれた。ありがと』
『おいおいおいおい、あっくんさんよ。
まり姉というものがありながら、何やってんだーこりゃ』
『お互い、心細くて寂しかったし、気が張り詰めてたから……リラックス?』
『まり姉の前でやれるか?』
『やったね。
ありちゃんに、“迷惑だから離れろ”って引き剥がされたよ』
―知らぬ間に修羅場が勃発しかけてたとは……。
わたしは恐怖で震えそうになった。
バスが到着し、二人は降車した。
途中まで手を繋いで歩き、そこで別れる。
兄は夕方のお務め。
その後、風呂、食事、仏壇へ手を合わせる。
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