37.兄が見ている世界 —入社試験③—
問題冊子を軽く確認した兄は、大きく深呼吸した。
そして、一気に問題を解き始める。
――ここにいる全員分の席は無い。
全員分無かったとしても、俺はその限られた中の一席を、確実に奪い取る。
そんな目だった。
資格試験や定期テストなら平和だ。
全員が満点を取れば、全員が合格出来る。
だが、これは違う。
席の数すら開示されていない。
全員が満点だったとしても、席が足りなければ誰かが落ちる。
しかも、その理由すら教えられないことも普通にあるらしい。
だから、出来ることは全部する。
自分の強みはさらに伸ばす。
弱点は、強みに出来なくても、他人と比べて見劣りしない程度までは引き上げる。
出来るのか?じゃない。
やるんだ。
――俺は、あいちゃんにもそう言った。
なら、俺自身もやるしかない。
自分に出来ないことを、他人へ求めない。
それだけは守って生きてきた。
だけど、俺は弱い。
結局、一人の女性へ強く依存してしまっている。
それでも――その人は、俺のことを嫌ってはいない。
少なくとも、そう思いたい。
なら、彼女に振り向いてもらうしかない。
彼女自身の意思で、俺と一緒に居てもいいと思ってもらえるようになるしかない。
なぜなら俺は、その人が居ないと、何も出来ない弱いやつだから。
逆に言えば、その人が居てくれるだけで、俺は立てる。
弱い部分を支えてもらえれば、他人と比べても遜色ない程度には戦える。
だから欲しい。
彼女が欲しい。
彼女以外、何もいらない。
だから、俺は頑張る。
成績だってそうだ。
進学先に工業高校を選んだのも、この家から少しでも早く自立したかったから。
手に職を付ければ、経済的にも一人で生きていけると思った。
資格取得も、それなりに頑張った。
今なら、もっと効率のいいやり方もあったと思う。
もっと上手く立ち回れたかもしれない。
それでも、その時々で、自分なりに最善だと思える選択はしてきたはずだ。
――だから、大丈夫。
そう、思いたかった。
SPIの言語・非言語問題が終わり、次は適性試験。
クレペリン検査。
一度、雰囲気だけなら経験したことがある。
普通の精神状態でやれば問題ない。
兄は、一度目を閉じ、小さく息を吐いた。
心を落ち着かせろ。
焦るな。
そう自分へ言い聞かせながら、問題へ向き合った。
――
『お疲れ様でした。昼休憩になります。お弁当を準備しておりますので、各自一つずつ受け取ってください』
そのアナウンスが流れると、兄は静かに立ち上がった。
そして、弁当を一人で運び、机へ並べている女性社員の元へ向かう。
『お疲れ様です。量が多くて大変そうなので、宜しければ手伝わせてください』
兄は笑顔でそう声を掛けた。
下心が全く無いとは言わない。
制服を見れば、どこの高校の誰かなんてすぐに分かる。
なら、マイナスにならないことは全部やる。
人によっては、ポイント稼ぎだと思うだろう。
――ポイント稼ぎ?
そんなもの、喜んでする。
仮にそれが、0.0000001点みたいな小さな差だったとしても。
全員が同じ点数で、席が一つしか無かった時。
その一席が、俺のものになる確率が少しでも上がるなら――俺はやる。
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