35.兄が見ている世界 —入社試験①—
兄がわたしに語りかける。
『まずは、入社試験だね。俺が受けた会社、覚えてるかな?』
わたしが、
『うん、〇〇株式会社だったよね』
そう答えると、兄は、
『うん。そうだよ』と頷いた。
兄の入社試験前日。
兄はいつも通り学校へ向かい、ほとんど空席の教室へ入っていく。
まり姉が、
『いよいよ始まったーって感じだね』
と言った。
『会社によって少し差はあるけど、ほとんどの会社が同じ時期に入社試験を合わせてるみたいだね。遠くの会社を受ける人は、前日には現地入りして、ビジネスホテルに一泊。当日はホテルから会社へ向かうことが多いみたい。』
すると兄が、
『旅行会社の人が学校に来て、その人の受験先に合わせて、電車とか飛行機のチケット、それにホテルの手配までしてくれててさ。至れり尽くせりだよね〜』
そう言って笑いながら続ける。
『しかも、“何時何分のどこ行きに乗ってください”って、全部紙に印刷して渡してくれてるし。説明聞きながら、“バスが…電車が…ホテルが…当日は……”って、みんな頭パンクしてて面白かった』
まり姉が、
『はあ……』とため息をつき、
『あっくんなら、出来るの?』
と聞いた。
兄は平然とした顔で、
『俺は、朝は補習の時に乗る一番最初のバスに乗って、駅で降りる。そこで汽車に乗って、会社近くの駅で降りる。後は会社が手配してくれたタクシーで到着。帰りはその逆。日帰りコースだし余裕』
さらに胸を張って、
『汽車も始発から終点だから、乗り過ごす心配もなし! 完璧だね』
と言った。
すると、まり姉が呆れた顔で、
『違う。遠くに試験のため、“一人で行け”って言われて、本当に行けるのかって意味!』
と言う。
兄はキリッとした顔で、
『行けるわけないじゃん。だからこそ、そこまで加味して就職先を探せるだけの成績を取り続けたんだよ』
と言い切った。
……全然カッコ良くない。
って顔を、まり姉がしてる。
すると兄は、まり姉の手をそっと取って、
『俺が、そこまで難しい場所に行く時は、まりちゃんと一緒だし。まりちゃんと一緒なら、俺はどこだって楽しいし、何でも出来ると思うから。ずっと一緒にいて欲しい』
と真っ直ぐに言った。
まり姉、顔赤いよ!?
わたしが心の中で突っ込むと、まり姉は咳払いして話題を変える。
『ありちゃんは昨日出発だったね。飛行機代も会社が出してくれてたみたいだよ。自費で電車の人もいる中で、かなり気前いいよね』
兄が真面目な顔で答える。
『総合職での入社試験だからかな。少なくとも、この学校から過去に受けた人は、“総合職では内定は出せないけど、一般職なら出せます”って流れになって、そこで承諾ってパターンしか無かったらしい』
それを聞いたまり姉は、
『へー。総合職と一般職って、そんな違うんだー。何か、もっと違いがあったりするの?』
と尋ねた。
兄は、
『俺が受けるところは、そんな区別無かったから分かんないなー。でも、まりちゃんが受けるなら全力で調べるよ』
と答える。
まり姉は、
『あーはいはい。ありがと。その時はお願いねー』
と軽く返しているが、内心かなり嬉しそうな顔をしている。
素直じゃないなー。
と、わたしは思った。
試験当日の朝、もちろん兄は、いつものお務めもしているから、いつもより早い、朝4時には起きている。
そのせいで、めちゃくちゃ眠そうだ。
フラフラしながらバス停へ向かう兄。
そこで待っていたのは――
あれ?
まり姉がいる。
朝補習も無いのに。
キャーキャー、とわたしは心の中で騒いだ。
同じバスに乗り、あっくんはまり姉の肩を借りて眠っている。
まり姉は、
『はあ……』
とため息をついているが、どこか嬉しそうだ。
あっくんは――寝てる!
しかも、いつも以上にぐっすり。
そして寝言で、まり姉に何か言った。
『まりちゃん……俺、頑張るから。もし就職出来たら、一緒に暮らそう……』
何言ってんだ、うちの兄はもう!
と、わたしは思ったのだが、
まり姉は、
『もう、仕方ないなー』
と言いながら、兄のおでこにキスをした。
そして、兄の耳元で小さく囁く。
『口は、ちゃんと実現させるまでお預け』
……おいおい兄よ。
お前より、その体の方が、記憶をいっぱい溜め込んでるんじゃないか?
そんなわたしの思いをよそに、バスは駅へ到着した。
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