表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/101

34.兄が見ている世界 —久しぶりの兄目線—

『あいちゃん』

久しぶりに、兄がわたしの名前を呼んだ。

あの日、兄を怒らせてしまってからは、ずっと「お前」呼びだった。

『あっくん……?』


兄が、少しだけ優しく笑う。

『久しぶりに、おいで』


兄にそう言われた瞬間、わたしの意識が兄の中へ沈んでいく。

兄とわたしは、意志を通わせることは出来る。けれど、普段は見える景色も、体を動かす権利も兄のものだ。

わたしは、ただ兄の世界を隣で見ているだけ。

『さあ、行くか』


兄が静かに語りかけた。

『わたしの本体は大丈夫なの?』


『そこまで意識しなくても、生きるために必要なことは出来るよ。呼吸とか、排泄とか。うわ言くらいなら話してると思う』


『ただのヤベーやつじゃねえか!』


わたしが思わずツッコむと、兄は少しだけ肩をすくめた。

『嫌ならやめようか?』


『きょ、今日のわたしは時間に余裕あるし? 少しくらいなら付き合ってあげても――』

調子に乗りかけた瞬間、


『やっぱ、もう戻れよ』

兄が真顔で言った。


『あっくん、ごめんなさい!』

わたしは慌てて叫ぶ。


兄は小さくため息をついてから、

『……それじゃ、行くよ』


『うん!』

わたしは、嬉しさを隠しきれなかった。


病院の外へ出ると、冷たい空気が頬を撫でた。

『今って、いつなの?』


ふと疑問が浮かび、わたしは兄へ尋ねる。

『11月だよ』


『えっ!? もうそんなに時間経ったの!?』

わたしは思わず声を上げた。

『わたし、浦島太郎の気持ちちょっとわかったかも……』


病室の天井しか見ていなかったわたしには、季節が変わった実感なんてほとんど無かった。

『急に“今”を見せられても困るからさ、あっくんの記憶を見せてよ』


『あんまり昔まで見るなよ』

兄が嫌そうに眉を寄せる。


『えー、わたし、まり姉チェックの記憶とか見たいんだけど』

少し調子に乗って言った瞬間、


『よし、病院戻ろう』

兄が即答した。


『わー! ごめんごめん! この二ヶ月を見せてください!』


『……わかったよ』


そう言うと、兄の体の主導権が、わたしへ移った。

見える景色も、指先の感覚も、今だけは全部わたしのものになる。

同時に、兄の記憶が少しずつ流れ込んできた。


――わたしを病院へ置いて帰った、あの日。


兄は、自室でひどく落ち込んでいた。


『あいちゃん、ごめん……』


机に突っ伏したまま、兄は泣いていた。

『自分自身で起こしたことで、罰を受けることになった。その罰から逃げたら、誰も納得しない。

これが正しいのかは、わからないけど……俺には、こうすることしか出来なくて……』

兄の声は震えていた。


わたしは、その時の兄の胸の苦しさまで、一緒に流れ込んできて、少し息が詰まりそうになる。


『あっくんよー、この二ヶ月、泣いてばっかじゃねーか』

わたしは呆れ半分で声をかける。


『わたしが退院したら、ヨシヨシくらいしてやるよ』


そう考えた瞬間――


突然、ありさのおっぱいに顔を埋めるように抱きつかれ、頭を撫でられている兄の記憶が流れ込んできた。


『うわっ、びっくりした!』

わたしが叫ぶと、


『急に変なこと思い出させるな!』


兄が本気で嫌そうな声を出す。


『変じゃないよ! めちゃくちゃ気になってた!』


『時間を追って見ていくんだよな?』


兄が確認する。


『うん。そうしたい。続きを見せてくれたまえ』


わたしが偉そうに言うと、兄は呆れたようにため息をついた。


それでも、続きを見せてくれた。

ご意見 ご感想 宜しくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ