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28.兄が見ている世界 —兄の怒り—

あれから兄は不機嫌なままで、わたしが何を話しかけても無視を続けていた。


墓参り、入浴、食事、仏壇へ手を合わせることを終えると、兄は自室で明日の準備を黙々と始める。


わたしは勇気を振り絞って、もう一度声をかけた。


『あ……の……』


兄が手を止めずに、

『何?』

とだけ返事をする。


やっと返事してくれた――

そんな気持ちになったわたしは、恐る恐る尋ねた。


『あの人型に名前と血判を押せば、“次期当主”って位置付けになるんだよね?』


『ああ』


兄は淡々と答える。


『お前も、そう聞かされて納得して、名前と血判を押してたように見えたぞ』


そして、少し低い声で続けた。


『俺はてっきり、上手く言いくるめられて押したんだと思ってた。

……でも違った』


兄が初めて、こちらを真っ直ぐ見た。


『じゃあ何で、朝夕のお務めもしない。

分家の人達への敬意も感謝も、謝罪の気持ちすら無かったんだ?』


わたしは言葉に詰まりながらも、必死に答えた。


『今ならわかるよ……。

うちの家が、分家の人達の犠牲の上で成り立ってることも。

わたしが何もしなかったことが、“約束を守らない”って受け取られてたことも……』


『でも、その時は本当に知らなかったの。

お父さんに、“名前を書いて血判を押せば次期当主になる”って言われただけで……』


兄は小さく息を吐いた。


『明日、行けそうならもう一回見舞いに行く』


そして静かな声で続ける。


『怪我が治るまで、ちゃんと反省しろ。

復帰した後は、今 俺がやってることを全部やってくれ』


兄は視線を落としたまま、


『もう見たんだろ。

三つある箱のうち、“当主”と“次期当主”が最低一つずつ必要だってことも』


『お前の箱がある以上、俺のは外せるってことも』


そう言って、苦く笑った。


『俺は、一足先に この呪縛から抜けさせてもらう』


その言葉に、胸が締め付けられる。


兄は座り込み、目を閉じると秘密箱を開き、ノートに何かを書き込んでから静かに閉じた。


『でも……わたしは、本当に知らなくて……』


わたしがそう言うと、兄は部屋の電気を消し、布団へ入った。


暗闇の中で、兄の声だけが聞こえる。


『ルールを知らずに事故を起こしても、“知らなかった”じゃ済まないんだ』


『特に、被害を受けた側は納得しない』


少しだけ声色が和らぐ。


『……チビで、バカで、根暗な俺なんかより、お前の方が相応しいって思ってたし』


兄は寂しそうに笑った。

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