27.兄が見ている世界 —新学期 帰宅とお見舞い—
新しい部長と副部長と別れた後、まり姉と兄は、どちらからともなく手を繋いで歩いていた。
バス停のベンチに腰を下ろすと、兄がぽつりと呟く。
『まりちゃんが作ってくれた、俺の居場所……また一つ無くなっちゃった』
その声は、どこか寂しそうだった。
まり姉は『はぁ……』とため息をつき、
『私が作ったわけじゃないよ。
私は少し手助けしただけ。
そこから先は、あっくん自身が作った居場所でしょ』
と言った。
だが兄は、小さく首を横に振る。
『でも、無くなっちゃったことには変わりないから』
すると、まり姉はわかりやすく息を吸い込み、大きくため息を吐いた。
そのまま兄へ抱きつき、優しく頭を撫で始める。
わたしは、
え? なになに?
何が始まるの?
と、思わずワクワクし始めていた。
『よしよし……。よく頑張りました。
これから一ヶ月は、別の方向に頑張る時間が始まるだけだよ。
私はもう少し頑張る期間が長いけど、それが終わったら、また二人で別のこと始めようよ』
まり姉は、そう優しく言った。
そして、抱きついたまま続ける。
『あっくん、次はあっくんの番でしょ?
私に手を回して、ぎゅーってして、頭撫でながら、
“副部長として支えてくれてありがとう”とか、“次はこんなことしてみようか”って、将来の話をする場面だよ』
兄は苦笑しながらも、まり姉の背中へそっと手を回した。
そのまま抱きしめ、頭を撫でながら囁く。
『副部長として、俺を支えてくれてありがとう。
これから、まりちゃんは受験勉強。
俺は一足先に就職先を決めて、その後は取りたい資格を取っていくと思う。
それでまた、まりちゃんと二人で何か探していきたいな』
その言葉に、まり姉は少し嬉しそうに目を細めた。
そこへ、ちょうどバスが到着する。
そして今日もまた、兄はわたしのお見舞いへ向かうつもりらしい。
わたしは震える声で訴えた。
『あっくん……いや、あっくん様。
今日はやめときませんかね〜?
流石に毎日お見舞い来たら、看護師さんもビックリして迷惑になっちゃうからさ〜。ね? お願い』
自分に出来る最大限のお願いをしてみたのだが――盛大に無視された。
自分自身の魅力の無さを痛感していると、
『行ってらっしゃい』
と兄が言ってきた。
わたしは、ここで悪あがきを試みる。
『さっきまでの、まり姉との対応との差が酷すぎるだろ!
まり姉の半分でいいから、わたしにも優しさをくれ!』
兄は『はぁ……』とため息をつき、
『さあ、あいちゃん。
あいちゃんの居場所だよ。とっととお行き』
と言った。
わたしは怒りで体を震わせながら、
『な……なな……』
と言葉を詰まらせる。
そして、限界まで怒鳴った。
『ふざけんな!!
まり姉との甘酸っぱい青春シーンを、自分から壊して楽しいのか!?』
『あー、早くしてよ。また看護師さん来ちゃうから』
『そんなこと言うなら、お前が行けよー!』
わたしはギャーギャー喚き始めた。
すると兄は、あっさりと、
『じゃあ、そうする』
と言った。
『俺の体、よろしく』
『……え?』
次の瞬間、わたしは兄の体の主導権を受け取っていた。
そして、兄の記憶が少しずつ流れ込んでくる。
わたしが「ここどこ?」と思っていた場所が、名前や位置情報付きで頭へ入ってきた。
継承の祠。
少し前、わたしが自分の名前と血判を押した人型を木箱へ入れた父さんが、その箱を祠の供物台の空きスペースへ置いている。
おじちゃんが入って来る。
そして、おじいちゃんが怒っている。
当主のスペースが一つ――それがおじいちゃん。
次期当主のスペースが二つあり、その一つが兄。
そして、もう一つ空白だった場所へ、わたしが入った。
―そういうことなのか。
そこまで見えたところで、兄が主導権を奪い返した。
兄は二回ほど大きく深呼吸し、
『どこまで見た? 俺の記憶』
と、少し怒気を含んだ声で聞いてきた。
わたしは事情がよく分からず、
『継承の祠で、お父さんがおじいちゃんに怒られてるところ……かな?』
と答えた。
すると兄は、今まで聞いたことのない怒った声で、
『お前、自分の意思で人型に名前と血判押したのか?』
と問い詰めてきた。
わたしは泣きそうになりながらも、
『う、うん……だって……』
と答えた。
その瞬間、看護師さんが部屋へ入って来る。
『今日もお見舞いかい? 感心感心』
兄は、いつもの穏やかな表情に戻り、
『少しだけでも顔を見たくて。
いつもありがとうございます』
そう答えると、病院を後にした。
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