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26.兄が見ている世界 —新学期放課後—

進路指導室へ入った兄は、過去に同じ会社を受けた先輩たちが残した、試験内容や面接で聞かれたことの一覧を調べ、メモを取っていた。


その後、「自分ならどう答えるか」を考えながら書き込んでいると、ありさがやって来た。


『あー、あっくんいたー。ちゃんとメモ取ってて偉い偉い』

ありさの中では、あっくんは「不真面目そうなのに成績がいい人」という認識なのだろう。だからこそ、こうして真面目に取り組んでいる姿が珍しく見えたのかもしれない。


『ありちゃん、履歴書書き終わったの?

ありちゃんが受ける会社の資料、あっちにあったよ』


『うん、ありがとー』


次の人が来るまで、二人きりでいられるのが嬉しいのか、ありさは声だけでなく胸も弾んでいる気がした。


時計を見て、12時が近いのを確認すると、兄は片付けを始め、時間ぴったりに進路指導室を出て部室へ向かった。


部室に入ると、後輩の女子部員Aが声を上げた。

『あー、部長きたー。待ってました!

3年生って、あっつい体育館で校長先生の話聞かなくていいんですねー』


兄は苦笑しながら答える。

『あれ、かなりキツいよね。

途中で倒れたりせず、元気そうな顔が見れて安心したよ。

ちゃんと水分取って、お昼ご飯も食べたかな?』


そんな話をしていると、まり姉が部室へ入って来た。

『ちゃんとみんな来るかな〜』


そう言いながら、部員の人数を確認している。


すると後輩部員Aが、兄との会話を続けた。

『今日、ご飯食べてないんだ。

痩せて綺麗になりたいなーって思って』


兄は真面目な顔で、

『俺は、今のままでも〇〇さんは十分可愛いと思うけどな』

と返した。


後輩Aの顔がぽっと赤くなり、まり姉はジト目で兄を見る。


だが兄は、まり姉の反応には気づいていない。

『夏が終わって、寒暖差が大きくなる時期に体調崩して、試験勉強できなくなったり、本番で実力出せなかったら困るからね。

ちゃんと食事は取って、試験勉強してね』


後輩部員Aは、

『はーい』

と、「やっぱりそういうオチかー」という感じで返事をした。


兄は笑顔で続ける。

『〇〇さんが、“合格しました!”って明るい笑顔で報告しに来てくれるの、楽しみに待ってるね』


後輩部員Aは、ぽーっとした顔のまま、

『はひ……』

と返事をした。


その様子を見て、まり姉が軽く咳払いをする。

『そろそろ、言おうか』


それに対して兄は、少し寂しそうな表情を浮かべながら、

『そうだね。もうそんな時期だしね』

と言った。


そして、部員たちへ向き直る。

『夏休みに入った頃から引き継ぎを進めていたんだ。

新しい部長と副部長を紹介する』


後輩部員Aは、一瞬「へ?」という顔をした後、

「えーーーー!?」

という表情になった。

忙しいなー、とわたしは他人事のように眺めていた。


兄は続ける。

『経緯は知っての通り、これから俺たち3年生は、就職活動や進学に向けて集中していく時期に入る。

そして、その後は卒業だ。

だから、これから君たちを指導していくのは、〇〇と〇〇の二人になる。

まだ不慣れな部分もあると思うけど、みんなで協力して二人を支えてほしい。

そして、それぞれの将来の役に立つ資格取得を、これからも続けていってくれ。

二人は前へ』


呼ばれた二人のうち、一人は昨日兄から冷凍機械の勉強を教わっていた男子生徒だった。

もう一人の女の子は……わからない。


そう思っているうちに、二人は簡単な所信表明を行い、拍手の中で引き継ぎは終わった。


兄が、

『今日までは今まで通り見るから、わからないことがあれば聞きに来てくれ』

と言うと、昨日以上に人が集まり、兄は一人ひとり丁寧に対応していった。


ひと段落した後、兄は後輩部員Aの元へ向かい、

『今日一日、ぼーっとしてたけど大丈夫?』

と問いかけた。


すると後輩部員Aは、小声で、

『先輩が“今日が最後”って言うからでしょ!』

と怒る。


兄は困ったように笑いながら、

『部長としては最後だけど、就職活動が終わったら、ちょくちょく顔は出すつもりだよ。

順調に行けば10月初めには結果が出るし、それから危険物の試験までは、また勉強見に来るつもりだから』

と言った。


すると、後輩部員Aの顔がぱっと明るくなる。

『約束ですよ?』


『うん、約束。

危険物の試験は全部同じ日だから、〇〇ちゃんは乙4、俺は甲種の勉強だね。

一緒に頑張ろう。

俺は引退した身だから、あんまり目立たないようにはするけど、〇〇ちゃんの勉強が進んでなかったら、隣でみっちり教育するから覚悟してね』


兄は笑いながらそう言った。


後輩部員Aは、

『先輩のご迷惑にならないように頑張ります』

と、しおらしく答える。


『〇〇ちゃんなら大丈夫。

何の問題もないって信じてるから、安心して今まで通り頑張って』

兄はそう伝えた。


すると、まり姉が再び軽く咳払いをして、

『今日の部活はここまで。

〇〇くん、〇〇ちゃん、一緒に施錠して鍵を職員室に持って行こうか』

と言った。


そして施錠を終え、兄を含めた四人で職員室へ鍵を返却しに向かった。

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