235. わたしの新学期準備③
わたしと銀さん、絹さんの三人で家へ帰っていると、黒い服の女の人が一瞬だけ視界に入った。
道の向こう側。
木陰から、いつものようにこちらを見ている。
以前なら、その姿を見つけただけで足が止まり、震えていた。
だけど今は違う。
また居るな……。
そう思うだけで、そのまま歩き続けられた。
気にせず堂々と振る舞い、家族や分家の方々と充実した日々を過ごしていると、少しずつ距離が離れていっているような気がする。
じいちゃんも兄も、常に堂々と振る舞い、努力を重ね、親しい人達と充実した日々を過ごしている。
だから、あの存在も自然と離れていくのだと、わたしは理解した。
つまり大事なのは、あの存在を気にすることではなく、気にならないくらい毎日を充実させることなんだ。
頑張らないと!
そう思い、わたしは小さくガッツポーズをした。
家へ着くと、銀さんと絹さんへお礼を伝え、そのまま母屋の仏壇へお参りに向かう。
仏壇へ線香を供え、静かに手を合わせる。
「今日も無事に過ごせました。」
心の中でそう報告する。
毎日同じことを繰り返しているだけなのに、不思議と以前より心が落ち着くようになっていた。
途中ですれ違う分家の方々への挨拶も忘れない。
お参りを済ませてから離れの自宅へ戻った。
玄関を開け、
『たっだいまー!』
と元気よく声を掛ける。
すると、靴を履いていた兄が、
『お帰り。じゃあ、行ってきます。』
と、いつもの低いテンションで返事をし、そのまま立ち上がった。
わたしは、
『あっくん、どこ行くの?』
と尋ねる。
兄は、
『まりちゃん家。』
とだけ答える。
わたしは軽くため息をつき、
『毎度毎度、飽きないねー。』
と言う。
兄は優しい表情になり、
『当たり前じゃん。
まりちゃんとは、今までも、そしてこれからもずっと一緒にいたいから。』
と、しみじみとした口調で答えた。
あっくん、本当にまり姉のことが好きなんだな。
あんなに素直に気持ちを言えるのは少し羨ましい。
わたしは……。
家族にも友達にも、あそこまで素直に気持ちを伝えたことがあっただろうか。
わたしは苦笑しながら、
『わたしにも、その半分とは言わないけど、十分の一くらいの優しさが欲しいんだけどな。』
と、少し可愛らしく言ってみる。
しかし兄は振り返ることもなく、
『気が向いたらねー。』
と言い、そのまま家を出て行った。
わたしは深く長いため息をつく。
『わたし、そんなに魅力ないのかなぁ……。』
と小さく呟くと、
『そんなに従兄弟の気を引きたいの?』
と、分家の女の子が話しかけてきた。
わたしはビクッとして振り返る。
『なっちゃん、聞いてたの?』
と尋ねると、
なっちゃんはにっこり笑って、
『うん。』
と返事をした。
わたしは軽くため息をつき、
『なっちゃんは、相変わらず大人びたことを言うなぁ。』
と言うと、なっちゃんは笑いながら逃げようとする。
『捕まえたー!』
『きゃーー!』
二人で廊下を少しだけ走り回る。
以前のわたしなら、分家の子とこんなことをするなんて考えもしなかった。
……でも、悪くない。
少しだけ、この家が好きになれた気がした。
わたしは、なっちゃんの両脇腹をくすぐる。
『きゃーー! あはははっ!
あいさま、やめてーー!』
なっちゃんは楽しそうに笑い始めた。
わたしは満足そうに微笑み、
『なっちゃん、あんまりわたしを意地悪しないでねー!』
と言う。
なっちゃんは元気よく、
『はーい!』
と返事をした。
その返事を聞いたわたしは、
『ありがと。』
と言って、なっちゃんの頭を優しく撫で、自分の部屋へ戻った。
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