220. 兄が見ている世界 —大晦日とお正月15—
兄の記憶を見せてもらった後、兄はわたしに向かって、
『亜衣ちゃん、これで満足?』
と穏やかに尋ねた。
わたしは、
『あの後、ありさは大丈夫だったの?』
と聞く。
兄は笑いながら、
『色々まりちゃんに振り回されたみたいだけど、大丈夫だよ。』
と答えた。
『教えてよ!』
わたしが身を乗り出すと、
兄は軽く肩をすくめる。
『実際に俺が見たわけじゃないし……聞いた話だけだよ。』
『それでいいから!』
そう言うと、兄は小さくため息をつき、
『説明するの面倒だから、ありちゃんから電話がかかってきた時の記憶を見せるよ。』
と言った。
わたしは少し頬を膨らませる。
『面倒って……。わたしに対する扱いと、まり姉やありさに対する扱い、違いすぎない?』
兄はあっさり答える。
『だいぶ丁寧に扱ってると思うよ。無関係な人なら無視して、相手にすることすらしないから。』
『あっくんにとって、わたしのポジションって、この前まで実の妹みたいに可愛がってた存在じゃないの?』
そう尋ねると、
兄は少し考えた後、
『自信過剰で、人のアドバイスを全然聞かないくせに、どうにもならなくなってから周りを頼る困った従姉妹かな。』
と苦笑した。
『困ったって……。わたしの方が偏差値の高い高校に通ってるし!』
そう言い返すと、
兄は即座に返した。
『亜衣ちゃんは勉強はできるけど、頭の使い方はあまり上手じゃないよ。』
『あーー!』
わたしは思わず声を上げる。
『それ、この国のエリートを敵に回すような言葉だからね!
この国は勉強しかできない頭の悪い人たちが、その場しのぎの対策をしながら動かしてるんだから!』
――これは、当時のわたしが本気でそう思っていたことだった。
偏差値が高い学校へ進学することが一番偉く、それ以外の進路を選ぶ人は、自分より下なんだと。
今思えば、とても視野が狭く、思い込みの強い考え方だった。
でも、その頃のわたしは、それが正しいと信じ切っていた。
だけど、兄の記憶を見た今なら分かる。
少なくとも中学生の頃の兄の学力は、わたしよりはるかに高かった。
だから、わたしが通う高校へ進学することだって十分可能だった。
でも、兄の記憶を見たわたしは知っている。
それでも兄は、偏差値ではなく「一日でも早く経済的に自立できる道」を選んだ。
将来、自分の力だけで生きていけることを最優先に考え、資格が多く取れ、就職に直結する工業高校へ進学したのだ。
兄にとって大切なのは「日本で暮らすこと」ではなく、「自分と大切な人が安心して暮らせる場所で生きること」だった。
だから、将来もし日本より暮らしやすい国があるなら、国内外を問わず迷わず移住するくらいの考え方をしている。
まり姉も同じだった。
もし二人が、わたしと同じ高校へ進学していたら、学年トップを争っていた可能性は高い。
もちろん、わたしも、ゆりも、みほもトップではない。
高校二年の夏時点では、三人とも成績は平均より少し良い程度だった。
一方で、まり姉と兄は工業高校で常に学年一位、二位を争っていた。
まり姉は年が明ける前には国立大学への進学も決まっている。
『工業高校は普通科より学ぶ範囲が違うから、大学に入ってから苦労しないように今のうちに勉強しておく。』
そう言って、すでに大学の勉強を始めていた。
わたしは今まで、進学した高校の偏差値だけを見て、人を勝手に判断していた。
でも、本当に大切なのは、自分がどんな将来を描き、そのためにどんな道を選び、努力しているかなんだ。
そう考えられるようになった今は、あの頃の自分の考え方は間違っていたと思っている。
わたしは小さくため息をつき、
『わたしも少しずつだけど考え方が変わってきたみたいだから……扱い、少しは改善してくれてもいいかな?』
と尋ねた。
兄はいつもの調子で笑う。
『言動が変わったのをしばらく見てから考えるよ。』
『それでいいよ。』
わたしも少し笑って答える。
『じゃあ、その後のありさがどうなったのか、後日談を見せてよ!』
兄は苦笑いを浮かべながら、
『はいはい。』
そう言うと、再び記憶を映し始めた。
ご意見 ご感想 よろしくお願いします。




