204.兄が見ている世界 —ペアリング購入④—
まり姉と兄は、フードコート内の店舗でシェイクを買おうとしていた。
まり姉が元気よく、
『シェイクのMください!』
と言うと、店員さんが笑顔で、
『お味は、バニラ・チョコ・ストロベリーの三種類からお選びいただけます。』
と案内する。
まり姉は、
『うーん……。』
と少し悩んだ。
すると突然、何かを思いついたような顔になり、
『三種類全部ください!』
と元気よく答えた。
兄は何も言わず、お金を支払う。
……
わたし、まり姉と入れ替われたら相当甘やかしてもらえそうだな。
そう思わずにはいられなかった。
待つこと数分。
注文したシェイクを受け取ると、まり姉は満面の笑みで一口ずつ味を比べながら飲んでいる。
兄はそんな様子を微笑ましく眺め、
『そろそろ帰ろうか。』
と声を掛けた。
まり姉は幸せそうに、
『うん!』
と頷く。
シェイクは三つ。
まり姉が一本持ち、残り二本は兄が持っていた。
駐車料金を精算し、二人は車へ乗り込む。
兄がエンジンを掛けたその時だった。
ステーキをたくさん食べ、その後に冷たいシェイクを飲んだからだろう。
まり姉が突然、
『お腹痛い!トイレ!』
と言って車を飛び出していった。
兄は車内に一人取り残される。
……なのに、なぜか上機嫌。
食事中に撮影していた動画を停止すると、その動画をゆりへ送信し始めた。
え? え? え?
わたしは一瞬混乱した。
でも、二人の間で何かしらの協定が結ばれているんだろう、とすぐに理解した。
すると、ゆりから返信が届く。
送られてきたのは、
まり姉が幼い頃に描いたであろう少女漫画の写真。
さらに、そのスキャンデータまで送られてきた。
兄はそれを嬉しそうに読み始める。
……
いや。楽しそうどころじゃない。
ものすごく楽しそうだ。
夢中になりすぎて、
まり姉が車へ戻ってきたことにも気付かなかった。
ドアが開き、
『ごめんね!お待たせ!』
とまり姉が声を掛ける。
兄は慌ててスマホを隠した。
……それが失敗だった。
まり姉は、にっこり笑っている。
でも、その笑顔が怖い。
『あっくん。』
『何隠したの?』
『私にも見せて。』
そう言って手を差し出した。
兄は真面目な表情になり、
『俺にとって宝物だから、絶対にスマホを壊したり、データを消したり、入手先を詮索しないって約束できる?』
と確認する。
まり姉は少し不思議そうな顔をしながらも、
『うん。約束する。』
と答えた。
兄はスマホを手渡す。
しばらく車内は静まり返る。
そして次の瞬間。
スマホから流れ始めたのは……
まり姉がお風呂場で熱唱している歌声。
まり姉は無言で画面を閉じた。
……三回ほど深呼吸をする。
そして再び画面を開く。
今度は、初めて化粧をして失敗し、殴られたような顔になっている自分の写真が表示されていた。
まり姉は、感情を押し殺した声で、
『これが……あっくんの宝物?』
と尋ねる。
兄は真剣な表情のまま、
『うん。』
と頷いた。
まり姉はさらに確認する。
『あの気が狂ったポエム集とか、落書きみたいな漫画も?』
『うん。』
『お風呂で熱唱してる歌声も?』
兄は少し照れながら、
『うん。毎日三十回くらい聴いてる。』
と答えた。
まり姉は、
「これ以上吐く空気なんて残ってないんじゃない?」
と思うくらい深いため息をつく。
ようやく息を整え、
『これ……見たのは、あっくんだけなんだよね?』
と確認した。
兄は静かに頷く。
『このスマホを見たのは、まりちゃんと俺だけ。』
『他の人に見せるつもりは?』
兄は少し考え、
『ものすごく良い条件を出されたら、その時は考える。』
と真面目に答えた。
まり姉は力なく笑い、
『あっくんなら……いいよ。』
『でも、本当に他の人だけには見せないで。お願い。』
と、心の底から頼み込んだ。
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