表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/232

199.わたしの新生活⑧

兄は、わたしの驚いた表情には気付かないまま話を続ける。

「契約の内容は以上。」


「玻璃殿が契約書を書き終え、当主様の確認が終わるまで、少しだけ私から皆へ伝えたいことがある。」


兄はゆっくりと分家の人たちを見渡した。

「私は、結果として次期当主の座を亜衣様へ譲る形となった。」

「しかし、そのことを恨んではいない。」


静まり返った母屋に、兄の声だけが響く。

「むしろ、この契が交わされることで、私は家を出た後も皆との縁を持ち続けることができる。」

兄は一度わたしへ視線を向け、再び分家の人たちへ向き直る。


「そして、この契は、次期当主であられる亜衣様が、私との関係だけでなく、皆との関係も築こうとしてくださった結果でもある。」


「今すぐとは言わない。」


「それでも、少しずつで構わない。」


「どうか皆には、亜衣様へ心を開き、この家を共に守っていただきたい。」


「それが、私の願いだ。」

兄が静かに頭を下げる。


分家の人たちも、それぞれ静かに頷いていた。


その様子を見届けると、兄はわたしの方を向く。

声には出さず、

『話せ。』

と口だけが動いた。


同時に、手のひらへ収まるほどの小さな紙をそっと渡してくる。


……用意してたんだ。


わたしは深呼吸を一つすると、その紙へ目を落とした。

そして、分家の人たちを見渡す。

「皆さん。」


自然と緊張で声が震える。

「次期当主になったにもかかわらず、お務めも行わず、本当に申し訳ありませんでした。」


わたしは深く頭を下げた。


しばらくして顔を上げる。


「これからは毎日お務めを行い、次期当主としての自覚を持って精進していきます。」


「どうか……。」


「どうか、わたしに皆さんの力を貸してください。」

再び頭を下げた。

母屋は静まり返ったままだった。


しかし、その静けさは先ほどまでとはどこか違っていた。


ちょうどその頃、

「当主様。」

玻璃さんが契約書を書き終え、じいちゃんへ差し出す。


じいちゃんは隅々まで目を通し、小さく頷いた。

「問題ない。」


契約書は兄の元へ渡される。

兄は一文字一文字確認するように、何度も内容を読み返していた。


ようやく満足したのか、小さく頷く。


その後、契約書はわたしの元へ渡された。


わたしも丁寧に内容を確認する。

……うん。


さっき兄が読み上げた内容と同じだ。


わたしと兄は、それぞれ日付と名前を書き入れた。


兄は小刀を手に取ると、わたしへ差し出す。

「どうぞ。」


わたしは小さく息を吸い、右手の親指へ浅く刃を当てる。


チクリとした痛み。


滲んだ血を契約書へ押し当てた。


続いて兄も同じように親指を切り、血判を押す。


兄は契約書を持ち上げ、集まった皆へ見せた。

「契約は、この内容をもって締結する。」


そう告げると、玻璃さんが契約書を受け取る。

じいちゃんが立ち上がる。

兄も立つ。

分家の重役たちも静かに立ち上がった。

慌ててわたしも立ち上がり、その後をついて行く。


向かった先は、じいちゃんの部屋の奥。


あの大きな箱の前だった。


玻璃さんは静かに箱の蓋を開ける。


中へ契約書を納めると、ゆっくりと蓋を閉じた。


―その瞬間。


ドクン。

心臓が、一際大きく脈打った。

胸の奥へ何かが刻み込まれたような、不思議な感覚が全身を駆け抜ける。


理由は分からない。


それでも、その事実だけははっきり理解できた。

(……契約が、成立した。)

母屋には再び静寂が訪れる。


その静けさの中で、わたしはもう一つのことにも気付いていた。


さっきまで、あれほど険しい表情でこちらを見ていた分家の人たちの視線が、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。

ご意見 ご感想 よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ