193.わたしの新生活②
わたしが離れへ入ると、お母さんが笑顔で迎えてくれた。
『おかえりなさい。』
しかし、ボロボロになったわたしの姿を見るなり、その笑顔は一瞬で消える。
『亜衣ちゃん!? 何があったの!?』
わたしは涙をこらえきれず、一気に話し始めた。
『わたしが聞きたいよ〜!』
『急にカラスが背中にぶつかってきて転ぶし。』
『頭にはカラスのフンが直撃するし。』
『上を向いたら右手をカラスに突かれるし。』
『最後は黒い服の女の人に足を掴まれて、あと少しで顔に枝が刺さるところだったんだよ!』
話しているうちに思い出してしまい、また涙が溢れてきた。
お母さんは最後まで黙って話を聞くと、優しく微笑んだ。
『まずはお風呂に入りましょう。』
そう言って、一緒に脱衣所へ向かい、服を脱ぐのを手伝ってくれた。
そのまま、わたしはお風呂へ入る。
頭と体を洗い、ゆっくり湯船へ浸かる。
『はぁ〜……。
一仕事終わった後のお風呂は格別だなぁ……。』
そんな、のんきなことを口にしてみる。
でも、そんなことでも考えていないと、もう二度とお務めへ行きたくなくなってしまいそうだった。
真冬の朝、長時間外にいたせいで体は芯まで冷え切っている。
だからこそ、お風呂の温かさがいつも以上に身に染みた。
しばらくして風呂から上がると、お母さんが火傷の跡へ保湿剤を塗ってくれ、圧迫衣を着るのも手伝ってくれた。
その後は一人で服を着て居間へ向かう。
朝ご飯を食べようとすると、兄がすでに朝食を食べていた。
兄はわたしを見るなり、
『おはよう、亜衣ちゃん。朝シャンするようになったの?』
とのんきに声を掛けてくる。
わたしは思わず頬を膨らませた。
『朝から大変だったんだから!』
そして、お務めの帰りに起こった出来事を最初から最後まで兄へ話した。
兄は最初こそ面倒くさそうな顔をしていたが、話を聞き終える頃には真面目な表情になる。
そして静かに口を開いた。
『二月一週目くらいまででいいから頑張れ。』
わたしは首を傾げる。
『なんで二月一週目なの?』
兄は当たり前のように答えた。
『次期当主の空白期間は二十八日。』
『俺が家を出るのは三月の頭だから、その頃まで亜衣ちゃんが生きてれば、計算上は逃げ切れると思っただけ。』
わたしは思わず声を荒げる。
『信じられない!
わたしが死んでもいいってこと!?』
兄は表情一つ変えない。
『自分で契約した。
自分で義務を放棄して、
すべき事を何もしなかった。
そして、何かやらかした。
その後始末をしてるだけでしょ。』
あまりにも淡々と言われ、わたしは兄を睨みつけた。
『何もしなかったって、お務めをしなかったことなんでしょ?
何かやらかしたって何?』
『わたし、何もしてないよ!』
そう言い切ると、
兄は呆れたようにため息をつく。
『何もしてないことを胸張って言われてもなぁ。』
そう苦笑してから続ける。
『何もしなかったっていうのは、その意味。』
『でも、何かしたのは別。
黒い服を着た長い髪の女の人って、あのタクシーで見た人だよね?』
わたしは大きく頷く。
『そう! その人!!』
すると兄は納得したように頷いた。
『じゃあ原因は亜衣ちゃん。
あの時、ずっと見て興味を持たれたんでしょ。
今は弱ってきてるから、このまま連れて行こうと思ってるのかもね。』
少しだけ笑って、
『モテモテじゃん。』
と冗談のように付け加えた。
わたしは涙を流しながら兄を見る。
『本当に怖かったんだよ……。
助けてとは言わないから……。
何かアドバイスとかないの?』
藁にもすがる思いで尋ねる。
兄は大きく、
『はぁ……。』
とため息をつく。
テーブルに置いてティッシュの箱からティッシュを数枚取り出すと、
わたしの鼻先へ差し出した。
『ほら。
チーンってしなさい。』
わたしは思わず苦笑しながら、
『ありがと。』
と受け取り、鼻をかんだ。
兄は朝食を食べ終えると、
『ごちそうさま。』
と手を合わせ、そのまま立ち上がる。
『じゃ、二度寝するから。』
そう言って自室へ戻ろうとした。
わたしは慌てて兄の肩を掴む。
『いやいや!
これでアドバイス終了とか言わないよね!?』
兄は露骨に嫌そうな顔をすると、
『誤魔化せなかったか……。』
と小さく呟き、諦めたように元の席へ座り直した。
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