192.わたしの新生活
わたしはフラフラになりながら起き上がる。
外は、まだ真っ暗だった。
(そりゃそうか……。)
冬の朝四時。
暗いし、寒いし、眠いし。
まさに踏んだり蹴ったりだ。
着替えを済ませると、じいちゃんと合流した。
『じいちゃん、おはよう。毎朝、あっくんもこんなに早かったの?』
そう尋ねると、じいちゃんは少し考えてから答えた。
『篤志は、一時間から二時間くらい遅かったと思うぞ。』
『亜衣も一人でできるようになったら、朝も夕方も自分の都合のいい時間で構わん。』
『そうなんだ。』
少し安心しながら、お務めへ向かう。
まずは仏壇へご飯を供え、本家と分家、それぞれの仏壇へ手を合わせる。
わたしは、じいちゃんのお経に合わせながら、少し大きめの声で唱えた。
眠気をごまかすためでもある。
仏壇でのお務めを終えると、今度は墓地へ向かった。
道中、わたしは気になっていたことを尋ねる。
『大雨とか台風、それに雪の日はどうするの?』
じいちゃんは笑いながら答えた。
『次期当主なら、そんな日は無理に行かなくてもよい。』
『当主になると、外出している期間なら連続三日までは大目に見てもらえる。もちろん、一日行って三日休むのを繰り返すようでは話にならんがな。』
(つまり……。)
当主になったら、大雨でも台風でも雪でも基本は行くってことね……。
少しだけ気が重くなった。
やがて墓地へ到着する。
まずは水汲みだ。
桶へ水を入れる。
(重い……。)
腕が震える。
何とか運び終える頃には、もう息が上がっていた。
その後、お墓を掃除し、分家のお墓にも一つひとつ手を合わせる。
じいちゃんと並んでお経を唱え、お墓参りを終えた。
帰ろうとした時だった。
じいちゃんが少し真剣な表情になる。
『今日は帰りに寄るところがある。亜衣は先に帰って休みなさい。』
そう告げられた。
『うん……わかった。』
『先に帰って休ませてもらうね。』
そう返事をして、一人で歩き始める。
(早く帰りたい……。)
(このままだと倒れそう……。)
足取りは重く、体は鉛のようだった。
その時だった。
ドンッ!!
突然、背中へ強い衝撃が走る。
『きゃっ!』
前のめりに転び、とっさに右手をついてしまった。
『いたた……。』
右手を見ると、擦りむいて血が滲んでいる。
すぐ横では、一羽のカラスが羽をばたつかせてもがいていた。
(いやいや……。)
(道を歩いていて、カラスが背中にぶつかってくることなんてある?)
朝から最悪だ。
ため息をつきながら立ち上がろうとした、その瞬間。
パシンッ!!
『いたっ!!』
今度は頭へ衝撃が走る。
勢い余って尻もちをついてしまった。
すると、頭から何かがダラリと顔へ流れてくる。
(えっ……。)
恐る恐る触る。
……鳥のフンだった。
上を見ると、さっきとは別のカラスが電線へ止まっている。
どうやら見事に命中したらしい。
『あー、もう嫌!!』
思わず叫ぶ。
その直後だった。
右手へ鋭い痛みが走る。
『いたっ!!』
見ると、先ほどぶつかってきたカラスが、クチバシで右手を突いていた。
『もうやめてよぉ……。』
涙が溢れる。
泣きながら立ち上がり、小走りで家へ向かう。
眠気なんて、とっくに吹き飛んでいた。
今は一秒でも早く家へ帰りたい。
その一心だった。
ようやく家が見えてきた。
(着いた……。)
安心した、その瞬間だった。
ガッ!!
盛大につまずき、また右手をついて転ぶ。
『なんで……。』
そう呟きながら顔を上げると、
目の前、ほんの数センチ先に、鋭く尖った枝がこちらを向いていた。
あと少し手をつくのが遅ければ、
その枝は顔へ突き刺さっていた。
『ひっ……。』
全身から血の気が引く。
足元を見る。
そこには、
黒い服を着た長い髪の女性が、地面を這うような姿勢で、わたしの足首を掴んでいた。
(この人……。)
以前、タクシーの中で見た女性だ。
たぶん、分家の人ではない。
女性は、枝がわたしに刺さらなかったことが気に入らないのか、
憎しみに満ちた目でわたしを睨みつける。
そして、
ゆっくりと姿を消していった。
わたしは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、
頭からは鳥のフンを垂らし、
右手は傷だらけ、
体はフラフラ。
朝のお務めを終えた頃には、
心も体もボロボロのまま、
ようやく自宅へとたどり着いた。
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