190.現状確認⑥
兄は家へ戻ると、分家の人たちへ自分が仮の次期当主ではなくなったことを伝えていた。
その話を聞いた分家の人たちは、非常に残念そうな表情を浮かべる。
そして次の瞬間、
ものすごい形相で、わたしを睨みつけた。
その視線に耐えられず、わたしは泣きそうになりながら逃げるように離れへ入った。
すると今度は、離れにいた分家の子どもたちから声を掛けられる。
『どうして篤志様は次期当主じゃなくなったのに、亜衣様は次期当主のままなの?』
『何もしてないのに。』
突然の言葉に、わたしは返事ができなかった。
すると近くにいた分家の女性が慌てて駆け寄り、
『申し訳ございません。』
と軽く頭を下げると、子どもたちを連れてその場を離れていった。
わたしは心の中で固く決意する。
(今日の夕方から、絶対にお務めをする。)
そう決めて再び外へ出ると、分家の人たちと話している兄のところへ向かった。
『今日からちゃんとお務めするから……あっくんがお務めへ行く時に呼んでほしい……です。』
途中までは勢いよく言えたものの、最後は自信がなくなり、小さな声になってしまった。
兄は困ったような表情を浮かべる。
『いや……。』
その反応に、わたしは思わず頬を膨らませた。
『もう! 呼んでくれないなら、ずっとあっくんの後ろを付いて行くからいいもん!』
すると兄は呆れたように肩をすくめる。
『いや、俺もうお務めしないから。一緒について来られても困るんだけど。』
その言葉を聞いた瞬間、
(あ……。)
兄が
「惰眠を貪る。」
と言っていたことを思い出した。
『……そうだったね。』
肩を落とし、わたしはとぼとぼと自室へ戻った。
部屋でぼんやりしていると、外から賑やかな笑い声が聞こえてくる。
窓の外を見ると、兄が分家の子どもたちと楽しそうに遊んでいた。
(あの子たちって歳を取らないんだよね。)
兄が仮の次期当主だった頃は三歳。
当時同じくらいの年齢だった子どもたちと遊んでいたのだから、今も昔からの顔なじみと遊んでいるだけなのだ。
五歳くらいの子どもたちと十八歳の兄が遊んでいる……。
事情を知らない人が見たら、ただの変な人だよね。
そう思うと、少しだけ笑えてきた。
現実逃避をしているうちに、気付けば夕方になっていた。
すると、
『亜衣!』
じいちゃんが呼ぶ声が聞こえる。
返事をして外へ出ると、
『一緒にお務めへ行くぞ。』
と、ため息混じりに声を掛けられた。
わたしは深く頭を下げる。
『はい。よろしくお願いします。』
まず向かったのは、お墓だった。
歩き始めてすぐ息が切れる。
坂道を少し登っただけで足が重くなり、途中で何度も立ち止まりそうになった。
(やっぱり体力が落ちてる……。)
長い入院生活で筋力も体力もほとんど失ってしまった。
リハビリは頑張った。
それでも、まだまだ元には程遠い。
ようやくお墓へ到着すると、ちょうど兄とすれ違った。
『あれ? お務め行かないって言ってたじゃん。』
そう尋ねると、
兄は立ち止まり、
『これはお務めじゃないよ。』
と静かに答える。
『感謝の気持ちがあるなら、義務じゃなくても先祖や分家の方々へ手を合わせるくらい普通でしょ。』
そう言った後、小さくため息をつく。
『まあ、お務めだとしても、今まで一度も手を合わせてこなかった人には分からないか。』
そう言い残し、兄は家へ戻っていった。
わたしは兄の背中を見送りながら、
兄の記憶の中で見た姿を思い出す。
同じようにやろうとする。
でも、
お経が読めない。
結局、じいちゃんの後ろで必死に聞きながら唱えることしかできなかった。
お墓参りを終え、じいちゃんと一緒に家へ戻る。
続いて母屋の仏壇へ向かうと、お線香の香りが漂っていた。
きっと兄も、先に手を合わせていったのだろう。
わたしは、じいちゃんと共に本家、そして分家の仏壇の前でお経を唱え、静かに手を合わせた。
(今まで何もしなかった分も……少しずつ取り戻していかなきゃ。)
そう心の中で小さく誓いながら、もう一度静かに手を合わせた。
ご意見 ご感想 よろしくお願いします。




