189.現状確認⑤
わたしは恐る恐る、自分の人型を覗き込んだ。
そこにあった人型は、かろうじて白さを残していた。
しかし、所々が欠けており、左腕から左胸にかけては黒く焼け焦げている。
さらに、右腕から頭部にかけては、生気を失ったような灰色へと変色していた。
兄の、人型の白く淡く輝く美しい人型とは、まるで別物だった。
わたしは言葉を失う。
ただ呆然と、顔を真っ青にしたまま立ち尽くしていると、兄が興味深そうに人型を見つめながら口を開いた。
『この焦げた部分が火傷を表してるなら……。』
兄は少し考えるように顎へ手を当てる。
『次は右腕から頭まで怪我するってことなのかな?』
そして、少し感心したように続けた。
『こうやって事前に教えてくれるなら便利だね〜。』
その一言で、わたしは我に返る。
『なんで、そんな平然としていられるの!?』
思わず兄へ怒鳴った。
『わたし、また大怪我するかもしれないんだよ!?』
兄は不思議そうに首を傾げる。
『何で?』
そう一言返したあと、淡々と続けた。
『自分の意思で次期当主になった。』
『やるべきことを、自分の都合でやらなかった。』
『自由っていうのは、責任を負える範囲でしか与えられてない。』
『次期当主になるのも亜衣ちゃんの自由。』
『義務を果たさないのも亜衣ちゃんの自由。』
『その結果の責任を負うのも当然でしょ。』
兄は少し間を置き、例え話を始める。
『買い物で欲しい物を買うなら、お金を払う。』
『中には盗むって手段を選ぶ人もいるかもしれない。』
『でも捕まったら、刑事責任や民事責任を負うことになる。』
『結局、自分で選んだ結果の責任を払うだけでしょ。』
兄は、まるで理解できないものを見るような目で、わたしを見つめていた。
じいちゃんは静かに口を開く。
『篤志の言うことについて、わしは異論はない。』
一度言葉を切り、
『というより、その価値観こそが大坂家の考え方そのものだ。』
そう静かに告げた。
そして少し考えるような表情を浮かべると、
『ただ、わしは少しやることがある。篤志と亜衣は先に帰っていてくれんか。』
兄はすぐに尋ねる。
『じいちゃん、車はどうする?』
じいちゃんは穏やかに笑い、
『わしはタクシーで帰るから、亜衣と二人で帰りなさい。』
と答えた。
その瞬間だった。
『嫌だ。』
兄は即答した。
『こいつと二人きりで車に乗ったら、巻き込まれて俺まで死にそうになるかもしれないから絶対嫌。』
あまりにも真顔だった。
じいちゃんは困ったように深いため息をつく。
『……仕方ない。一度三人で帰ってから、わしだけ改めて来るとしよう。』
兄は軽く肩をすくめた。
『じいちゃんが一緒なら拒否する理由はないよ。』
そう言って、渋々了承した。
結局、三人で帰ることになった。
その間も、じいちゃんも兄も、
「次は何も起きない。」
とは、一言も言ってくれなかった。
車へ乗り込む。
わたしが兄の後ろの席へ座ると、
兄は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
『俺から少し離れて座ってくれないかな。』
わたしは思わず、じいちゃんを見る。
しかし、じいちゃんは兄をたしなめることもなく、
『亜衣、わしの近くへ座りなさい。』
と静かに言った。
わたしは、泣きそうになった。
兄にとって今のわたしは、
自己責任で危険な状態になった人。
そして、その危険へ周囲を巻き込むかもしれない存在。
だから距離を置こうとしている。
理屈は分かる。
でも……。
(言い方があるでしょ……。)
思わず心の中で愚痴をこぼし、大きくため息をついた。
確かに兄には、まり姉やありささんという守りたい人がいる。
でも、わたしにもその半分……いや、ほんの少しくらい優しさを向けてくれてもいいんじゃないかな。
そんなことを思った、その時だった。
ふと、入院中の出来事が頭をよぎる。
お母さんの次に、お見舞いへ来てくれたのは兄だった。
次期当主として何をすべきかを教えてくれたのも兄。
暇を持て余していたわたしへ、自分の記憶を見せてくれたのも兄。
そして、本来なら見ることすらできなかった分家の人達の姿を見えるようにしてくれたのも兄だった。
兄は、やるべきことは全部やってくれていた。
それなのに、
兄から教えてもらったことを実行しなかったのは、わたしだ。
これ以上関わって巻き添えになりたくない。
兄がそう考えるのも、今なら理解できる。
でも……。
それでも、少しくらいは心配してほしかった。
そんなふうに思ってしまう自分もいた。
車の中は静かなまま時間が過ぎ、
気が付けば家へ到着していた。
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