17.兄が見ている世界 —保健室へお見舞い—
教室へ戻って鞄を手に取ると、篤志は保健室へ向かった。
ノックをして返事をもらい、ドアを開けると、保健室の先生とありさがいた。
兄は、
『ありささんの容態は、どうでしょうか?』
と尋ねた。
すると保健室の先生は、
『もう問題ないみたいよ。……っていうか、君、今三者面談の時間でしょ? 順番まだ先なの?』
と呆れたように言った。
『三者面談は終わりました。今日は、終わった生徒から各自帰宅していいとの事でしたので、お見舞いに来ました』
そう言うと兄は、すっかり元気になったように見えるありさへ、にっこりと微笑んだ。
『隣、座るね』
兄はありさの隣へ腰を下ろし、そっと両手を握る。
『ありちゃん、本当に心配したよ。ちゃんと体調管理しないと駄目だよ?』
優しく微笑みながら続けた。
『元気になったら、また笑って。俺、ありちゃんの笑顔を見ると元気になるから』
ありさの顔は、みるみるうちに赤くなっていく。
『そういえば、ありちゃんの三者面談の順番って何番だっけ?』
『七番……』
顔をそらしながら、ありさが答える。
『それなら早めに教室へ戻らないとね。三者面談って十五分枠で時間決めてたけど、俺、五分くらいしか掛からなかったから』
『ん?』
またありさの顔が赤くなっているように見えた兄は、不思議そうに顔を覗き込んだ。
そして慌てたように頬へ手を当て、首筋から脈を取り始める。
『え……?』
兄は、ありさの前髪をそっと上げると、真面目な顔で額へ自分の額を軽く当てた。
『先生! やっぱり、ありささんの容態はあまり良くないようです。少なくとも、僕より熱は高い気がします』
兄には体調不良に見えているのだろうが、私には、ありさが完全に限界を迎えているようにしか見えなかった。
椅子には座っているが、ふらふらしている。
兄は再びありさの手を握り、背中をさすりながら尋ねる。
『吐き気とかは無いかな?』
『え? う、うん……大丈夫だよ〜』
ありさの声は、少し震えているように聞こえた。
『ありちゃんの親御さんも、今日学校に来ているよね?』
『来てるはずだよ』
ありさは小さく答える。
『車椅子借りて、進路指導室まで行こうか? 俺がおんぶしてもいいけど、この状態だと、揺れたり圧迫されたりして吐き気が出るかもしれないし…』
『だ、大丈夫。私、大丈夫だから』
ありさがそう答えると、保健室の先生が、
『ちょっと、あんた達!』
と、少し咎めるような口調で二人を呼んだ。
…咎められている割合は、兄の方が多そうな気がする。
兄は少し不満そうな顔で、
『はい? ありささん、全然体調回復してないじゃないですか』
と返した。
保健室の先生は、
「まじか、こいつ…」
と言いたげな顔で深いため息をついた後、
『…君が原因って可能性もあるんじゃないかな?』
そう兄へ告げた。
『え…あ…』
兄は、はっとしたように目を見開く。
納得したように小さく頷くと、先ほどまでの柔らかな笑みを消し、真面目な表情になった。
『ごめんね、ありちゃん。嫌だったよね? 悪気はなかったんだ。本当にごめん』
そう言って、背中をさすっていた手をそっと離す。
すると、真っ赤だったありさの顔色は、みるみるうちに落ち着いていった。
それを見た兄は、少し寂しそうな顔で、距離を取るように座り直した。
その時だった。
『失礼しまーす』
保健室の扉を開け、まり姉が軽い口調で話しかけてきた。
『ありちゃん、元気になったかい?』
…まり姉、めちゃくちゃ機嫌いいじゃん。
何か、とんでもなく良い事でもあった顔をしている。
だが、ありさの顔を見た瞬間、まり姉の表情が固まった。
『え? ありちゃん? え? 顔色真っ青だよ? あっくんは真っ赤って言ってたのに? どういう事?』
まり姉は困惑した様子のまま続ける。
『次の次が、ありちゃんの番みたいだけど…行けそう?』
すると、ありさはサッと立ち上がった。
『……ありがとう。大丈夫。今から向かうね。保護者は教室の隣にいるんだよね?』
いつもより低い声で、少し早口にそう言う。
まり姉は戸惑ったように、
『う、うん。そうだけど……何かあった?』
と尋ねた。
しかし、ありさは変わらない口調で、
『心配してくれて、ありがと。何にも無いよ。もう平気だから……先生、ありがとうございました』
と答える。
そして保健室の先生へ頭を下げた瞬間―ありさが先生をきっと睨んだように見えた。
そのまま、ありさは保健室を出て行ったのであった。
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