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187.現状確認③

じいちゃんは、銀さんと絹さんへ視線を向けると、

『銀さん、絹さん。今まで篤志のお付きの者として支えてくださり、ありがとうございました。本日、この時をもって篤志のお付きの任を解かせてもらいます。』

と静かに告げた。


銀さんと絹さんは、

『はっ!』

と深々と頭を下げる。


兄も二人へ向き直り、

『今まで本当にありがとうございました。』

と感謝を込めて頭を下げた。


すると銀さんは、

『篤志様のお父様の代からお仕えしてまいりましたが、お二人揃って当主になられる姿を見届けられなかったことだけが心残りでございます。』

と少し寂しそうに口にした。


兄は何も言わず、そっと視線を逸らす。


(いやいや、この人、最初から当主になる気なんてないから。制約も縛りも大嫌いな屁理屈野郎なんだから。)

そう心の中でツッコミを入れながらも、ふと一つ気になることが浮かんだ。


『じいちゃん、お付きの方って、一度決めたら当主になるまでずっと固定なんですか?』


じいちゃんは頷き、

『上限は二人だが、入れ替えは可能だ。その都度、わしの承認は必要になるがな。』

と答える。


その言葉を聞いたわたしは、自然と口を開いた。

『でしたら……銀さんと絹さんを、引き続きわたしのお付きの方に任じてください。』


お父さんを支え、幼い頃からあっくんを導いてきた二人だ。

だからこそ、この二人ならきっと、わたしのことも導いてくれる。

そんな気がしたのだ。


しかし、じいちゃんは少し困ったような表情を浮かべた。

『任じること自体は可能だ。しかし、お互いのことをまだ何も知らず、信頼関係も築けておらん。この状態では双方にとって得るものより、不都合の方が大きいと思うが……。』


銀さんと絹さんも、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。


やがて銀さんが静かに口を開いた。

『当主様。亜衣様がお望みとあらば、お断りする理由はございません。しかし、まずはお互いを知り、信頼関係を築いてからの方がよろしいかと存じます。

篤志様とは、生まれた頃から交流がございましたので……。』


その穏やかな言葉に、わたしは思わず言葉を失った。

(断られるなんて思ってなかった……。)


頭の中が真っ白になっていると、


『……くっ。』

どこからか笑いを堪える声が聞こえた。

兄の方を見ると、必死に我慢していたものの、とうとう吹き出してしまっている。


わたしは一気に顔が熱くなった。

『あっくん!!』

思わず睨みつけると、


兄は何事もなかったかのような表情で首を傾げる。

『はい?』


『笑わないでよ!』

わたしが抗議すると、


兄は真面目な顔で答えた。

『次期当主様が見事にボケられたのですから、笑わずに流す方が失礼かと思いました。』


『ボケてないし! わたしは真面目に言ったんだから!』


兄は大袈裟に驚いた表情を浮かべる。

『えっ? 当主様が「まず信頼関係を築きなさい」と仰った直後に、その前提を全部飛ばしてお願いされたので、私はてっきり冗談かと思っておりました。』


その瞬間。

分家の方々の視線が、一斉にわたしへ向いた気がした。


怖い!!

恥ずかしい……。

穴があったら入りたい。

いや、この場から逃げたい。


じいちゃんは楽しそうに笑うと、

『まあ、この話はここまでにしよう。』

そう場を締めた。


そして兄へ向き直る。

『篤志の人型の回収は、明日の朝から三人で行うぞ。』


わたしと兄は揃って、

『はい。わかりました。』

と頭を下げ、この場はお開きとなった。


⸻⸻


離れへ戻る途中。


わたしは兄の隣へ並び、

『あっくん、さっきの酷くない?』

と不満そうに尋ねた。


兄は歩きながら、

『はぁ?』

と呆れたように返す。

『何が?』


『笑ったことだよ!』


兄は大きくため息をついた。

『亜衣ちゃん、何で銀さん達が断ったと思う?』


『……わかんない。』


兄は少しだけ笑みを浮かべる。

『銀さん達は、亜衣ちゃんが嫌だから断ったんじゃない。

まだ何も知らない相手だからだよ。』


『だから普通なら──』


兄は少し間を置いて続けた。

『「そうですよね。銀さん、絹さんとは、それだけ信頼関係を築きたいと思っています。前向きにご検討をお願いします。」って返すんだ。

そうすれば、今回は断られても次がある。』


わたしは思わず立ち止まった。

『……あ。』


兄は苦笑しながら肩をすくめる。

『せっかく俺が笑い話にして、その場が丸く収まるようにしたのに、亜衣ちゃんは真っ向から言い返すんだもんな。

交渉っていうのは、勝つことよりも次へ繋げることの方が大事なんだよ。』


少し歩いてから、兄は振り返った。

『それと、じいちゃんの助言を聞かずに突っ走るのは、もう今回で終わりにしようね。』


『亜衣ちゃんは、また痛い目を見たいのかな?』


その一言に、わたしは胸がチクリと痛んだ。

あの大火傷も、長い入院生活も、決して忘れてはいけない。


『……うん。』

小さく頷くことしかできなかった。


兄は満足そうに笑うと、

『それなら大丈夫。』

そう言い残し、そのまま離れへ戻っていった。


わたしは兄の背中を見送りながら、小さく肩を落とす。


(またやっちゃったな……。)

でも同時に、

「信頼関係を築いてからお願いする。」

その意味を、今度こそ少し理解できた気がした。


わたしは周囲を気にしながら、少しだけ早足で離れへ戻った。今日はもう、できれば誰とも目を合わせたくなかった。

ご意見 ご感想 よろしくお願いします。

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