185.現状確認①
じいちゃんと兄とわたしは、母屋の居間へ向かった。
部屋へ入ると、兄が座布団を準備し、じいちゃんとわたしへ座るよう促す。
わたしは兄へ、
『じいちゃんが上座なのは分かるけど……わたしはここでいいの?』
と尋ねた。
兄は、
『ご当主様と次期当主様ですので。』
とだけ答え、静かに周囲へ目を向けた。
すると、分家の方々がこちらを見守っていることに気付く。
兄は座布団を使わず、そのまま下座へ正座した。
わたしは、
「これが、この家でのわたしの立ち位置なんだ。」
と改めて理解した。
この待遇を受ける者には、それだけ大きな義務がある。
そして、その義務を怠ったからこそ、自分は今回の事故という責めを負った。
かなり高い授業料だったな… 怖くて痛くて、今でもトラウマだからな。
そう思い、わたしは小さくため息をついた。
すると、じいちゃんが穏やかな笑顔で口を開く。
『亜衣、何を知りたいんだ?』
わたしは姿勢を正し、
『はい。じいちゃんが当主。わたしが次期当主。
あっくんが仮の次期当主。そう聞きました。
それぞれの義務と恩恵を教えてください。』
とお願いした。
じいちゃんはゆっくり頷く。
『当主の義務は、朝夕のお務め。
この地域から三日以上離れないこと。
そして、期待を裏切らぬよう、常に自分が行える最善を尽くし続けることだ。』
一呼吸置いて続ける。
『恩恵は、
分家の者達が全力で尽くしてくれること。
何をしてもらうかは、自分が何を望むか次第だ。』
そして、
『次期当主と仮の次期当主の義務は知っているな?
篤志の中で見たんだろう?』
と聞いた。
わたしは頷く。
『はい。
朝夕のお務め。
ただし、この地域を離れている間は不要。
そして、期待を裏切らないよう、自分が行える最善を尽くし続けることです。』
じいちゃんは満足そうに頷いた。
『うむ。ただし、当主と次期当主では背負う期待の重さがまるで違う。』
そう笑ってから、
『では恩恵は?』
と問い掛ける。
わたしは、
『お付きの方が二名付きます。』
と答えた。
じいちゃんは少し首を傾げる。
『それだけか?』
詳しくは知らない。
わたしは兄を見る。
しかし兄は、ぷいっと横を向き、目を合わせようとしない。
『あっくん!』
と呼ぶと、兄は観念したように口を開いた。
『はい。
分家の方々から直接、または鳥や動物、虫などを通じて、災いが近付いている際には知らせていただけます。』
じいちゃんは、
『聞いていなかったか?』
と尋ねる。
わたしは正直に、
『……聞いていました。』
と答えた。
すると、じいちゃんは今度は兄へ視線を向けた。
『篤志。もう一つあるな。何だ?』
兄は静かに頭を下げ、
『はい。
分家の方々や、この地域に所縁のある方々と良好な関係を築くことができれば、自身だけでなく周囲の方々まで守っていただける場合があります。』
と答えた。
わたしは、
『所縁のある方々?』
と首を傾げる。
兄は軽く深呼吸すると、柔らかく微笑み、
『亜衣様は、まだお付きの方を決められておりません。
まずは、お付きの方から様々な方をご紹介いただき、交流を深められるのがよろしいかと存じます。』
と丁寧に答えた。
「亜衣様?」
誰が、どの口で言ってるの?
心の中でそうツッコミを入れる。
でも、この場で聞かれていなかったら、兄は絶対に答えなかっただろう。
そう確信した。
わたしはさらに聞こうとして、
『あっく……』
と言い掛けた、その瞬間。
兄は深々と頭を下げ、
『申し訳ありません。
私としたことが、お茶を準備しておりませんでした。』
そう言って、さっさと居間を出て台所へ向かってしまった。
……絶対わざとだ。
準備を忘れたんじゃない。
面倒になったら、この場を離れるための口実だ。
どうせ次は、
「お茶菓子を忘れていました。」
とか言い出すに決まってる。
最近の兄の行動を見ていれば、それくらい分かる。
すると、じいちゃんが静かに笑った。
『わしが答える。聞きなさい。』
そう言われたわたしは、
『あ……いや……。』
と反射的に口にしてしまった。
その瞬間だった。
分家の方々が、一斉に鋭い視線をわたしへ向ける。
その空気だけで理解した。
この家では、
当主からの申し出を否定すること。
断ること。
それは、絶対にしてはいけないことなのだと。
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