184.わたしの入院生活15
次の日の午後。
診察を終えたわたしは、ついに退院の許可が出た。
もちろん、これで治療が終わるわけではない。
定期的な受診に加え、火傷による皮膚の赤みや凹凸の治療は、これからも続いていく。
それでも、
「退院できます。」
その一言が、たまらなく嬉しかった。
病室へ戻る途中、わたしはお世話になった看護師さんたちや、入院中に仲良くなった患者さんたちのところへ行き、一人ひとりにお礼を伝えた。
みんな笑顔で、
「退院おめでとう。」
「無理しないでね。」
「また検診で会うかもしれないね。」
と声を掛けてくれる。
ここは辛い思い出ばかりの場所だと思っていた。
でも気付けば、大切な思い出も沢山できていた。
病室へ戻って荷造りをしていると、お母さんが入ってきた。
『亜衣ちゃん、退院おめでとう。』
そう言ったお母さんは、次の瞬間には目に涙を浮かべていた。
『救急車で運ばれたって連絡を受けて病院へ駆け付けた時は、本当に……もう駄目かもしれないって思ったの。
本当に……本当に生きていてくれて良かった。
また一緒に暮らせるなんて……本当に良かった。』
そう言って、お母さんは涙を流した。
わたしは、
『もう、お母さん、大げさだよ。』
そう笑って返そうとした。
でも、浴衣に燃え移った炎。
熱い空気しか吸えず、どれだけ息をしても苦しかったあの時の記憶が頭をよぎる。
わたしは言葉を飲み込み、
『……本当に死ぬかと思ったんだよ。』
そう呟いて、お母さんへ抱きついた。
気付けば、わたしも泣いていた。
しばらく二人で泣いた後、荷物をまとめていると、
お母さんが持ってきた上着を見て、
『この上着、わたしの?』と聞く。
お母さんは、『外は寒いから明日は、しっかり着込んでから帰らないと!』と真面目な表情で言うが、
わたしは笑いながら、
『この圧迫衣、結構暑いんだよ。
その上から上着なんて着たら汗だくになっちゃう。』
と答えた。
結局、上着や今夜使わない荷物は、お母さんが一度家へ持ち帰ることになった。
病室に一人残ったわたしは、静かな部屋を見渡しながら呟く。
『この生活も今日で終わりかぁ……。
でも、この圧迫衣とはまだまだ長い付き合いになりそうだな。』
翌日。
お母さんと一緒に看護師さんたちへ最後の挨拶を済ませ、病院の正面玄関を出た。
その瞬間、
『さぶっ!!』
思わず声が出た。
『寒すぎでしょ!!』
入院したのは8月の終わり。
今は1月中旬。
病室の窓から冬景色は見えていたけれど、ずっと空調の効いた病院で生活していたせいか、寒さを全く実感していなかった。
駐車場へ向かい、お母さんの車へ飛び乗る。
『お母さん!
早くエンジンかけて! 暖房つけて!
このままだと、次は凍死するかもしれない!』
わたしが慌てる姿を見て、お母さんは笑いながらエンジンを掛け運転を始めた。
暖房とシートヒーターが効き始める。
『あぁ……暖かい。
シートヒーターって、こんなにありがたいものだったんだね。
腰がじんわり温かい……幸せ~。』
わたしがすっかりくつろいでいると、
お母さんは笑って、
『だから上着を持ってきたのに。』
と言った。
久しぶりに自宅へ到着すると、じいちゃんと兄が待っていた。
兄は笑顔で、
『亜衣ちゃん、退院おめでとう。
お願いされていた通り、じいちゃんと話し合える場を用意したよ。
退院したばかりで悪いけど、今からどうかな?』
と声を掛けてくれた。
わたしは一度深呼吸し、覚悟を決める。
『あっくん、ありがとう。』
そう兄へ礼を言った後、じいちゃんの方へ向き直る。
『よろしくお願いします。』
と頭を下げた。
じいちゃんは優しく笑い、
『そんなに畏まる必要はないよ。』
と言うと、
『亜衣と篤志、それからわしの三人でゆっくり話をしようか。』
そう言って母屋へ向かって歩き始めた。
わたしは兄と顔を見合わせ、小さく頷く。
退院して最初の大切な時間が、今始まろうとしていた。
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