179.兄が見ている世界 —デート⑫—
兄は長距離移動の疲れからか、お務めを終えると、そのまま布団に潜り込み、まり姉が風呂場で熱唱している歌声を聴きながら眠っていた。
すると、まり姉から電話がかかってきた。
『あっくんー!』
まり姉の声は怒っている。
兄は寝ぼけながら、
『まりちゃん? どうしたの?
ハ〇〇ズキ、エコーかかってて上手だったよ。』
と、寝言のように返した。
まり姉は困惑しながら、
『え? ハ〇〇ズキ?
何言ってるの?
おーーい! あっくん!? 聞いてる?』
と呼びかけるが、兄はそのまま寝落ちしてしまい、返事はなかった。
まり姉は、
『はぁ……。』
と深いため息をつくと、
『また明日電話するねー。おやすみ。』
とだけ告げて電話を切った。
翌朝。
兄は朝のお務めを終えると、二度寝をするため布団へ潜り込む。
そしてまた、まり姉が風呂場で熱唱している歌声を思い出し、その美声に聴き惚れながら眠りに落ちていった。
昼前になると、再びまり姉から電話がかかってきた。
『あっくん。昨日電話したんだけど、寝ぼけてたでしょ? だから今日かけ直したの。』
昨日よりずいぶん機嫌の良い声だった。
兄は申し訳なさそうに、
『まりちゃん、ごめんね。
あまりに眠くて寝落ちしてたよ。
まりちゃんの美声のおかげで、いい夢が見られた。』
と謝る。
まり姉は首を傾げ、
『何の話?』
と苦笑いした後、すぐに本題へ入った。
『それより、あの動画、ゆりに送ったでしょ!
お母さんから怒られたんだからね!!』
兄は苦笑しながら、
『あー、まりちゃんと約束する前に送っちゃってたんだよね。
でも、それ以降は誰にも言うつもりはないから。』
と答える。
まり姉は呆れたように、
『言うより悪質だから。』
とため息をついた。
兄は笑いながら、
『でも、俺はどんなまりちゃんも大好きだよ。
それより指輪、持ってる?
高校卒業するまではネックレスのペンダントとして使おうと思って同じ箱に入れてたけど、普段使いしやすいペアリングを一緒に買いに行こうか?』
と話題を変えた。
まり姉は、
『あー! 話変えたなー!』
と笑った後、
『ネックレスのチェーン入ってたかな?
指輪としてもペンダントとしても使うなら、普段使いできるペアリングの方が安心かな。
それにね、お父さんとお母さん、それからゆりにも見せたんだよ。
三人とも”良かったね”って言ってくれた。』
と嬉しそうに話した。
少し間を置いて、
『年明け、ありちゃんと三人で初詣だけど、どうしようか?
地元の神社に行く?
それとも少し遠くまで行ってみる?』
と尋ねる。
兄は少し考え、
『まずは地元の神社から行きたいかな。』
と答えた。
まり姉は、
『りょーかい!
私は今年中に自動車学校の卒検をクリアして、年明け早めに免許を取りに行きたいと思ってるし、大学へ行ってから少しでも苦労しないように勉強も頑張るつもり。』
と意気込む。
兄は優しく、
『あんまり根を詰めすぎないようにね。
免許を取りに行く日が決まったら送っていけたらと思ってるから、早めに教えてね。』
と返した。
まり姉は、
『ありがと! またね!』
と明るく言って電話を切った。
そこで、わたしが見せてもらっていた兄の記憶は終わった。
わたしの意識はゆっくりと兄の記憶から離れ、自分の身体へと戻っていく。
ほんの数日間の出来事だったはずなのに、自分まで一緒に旅行へ行ってきたような、不思議で温かな感覚が胸に残っていた。
わたしは、
『へぇー、色々あったみたいで、充実した期間だったみたいだね。』
と兄へ声を掛ける。
兄は笑って、
『まあね!』
と返すと、
『リハビリきついだろうけど、無理しない程度に頑張ってね。』
と、わたしを励ましてくれた。
わたしはニィッと笑い、
『あっくんが倒れる前に退院しなくちゃいけないからね!』
と兄へ言った。
兄も優しく笑い返してくれた。
その笑顔を見ながら、わたしは心の中で静かに決意する。
「次期当主としてすべき事を知ってる人が居るうちに出来るようにならないと。」
そう思いながら、わたしは次のリハビリへ向かうのだった。
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